備中の次直は、次吉・守次と並ぶ南北朝中期の青江派の代表工である。その記録は同時代にあって異例なほど読み取りやすい。説明書には貞和・観応・正平・文和・延文(一三四五〜六一)に亘る年紀作が挙げられ、活躍の中心は文和・延文頃、多くは「備中国住次直作」の長銘に裏年紀を添える。戦前の認定記録には、この次直は吉次の子と言われると記される。派の流れは二つに分かれる。鎌倉中期頃までの古青江は概ね沸出来で匂口が沈み、肌合が大きく立つが、鎌倉末頃を境に作風が変わり、南北朝期には「匂出来で匂口の冴え冴えとした刃文」を焼き、小板目のつまった肌合を呈するものが多いと説明書は記す。次直は全くこの後者、いわゆる末青江に属し、その掉尾に近く立つ。
説明書はその作風を一つの定式で繰り返す。華やかな逆丁子乱れと、匂口の締まった直刃の二様であり、いずれも匂出来で、いずれも上手である。前者こそ誉れ高い手である。ある指定書は「次直のお家芸ともいうべき逆丁子乱れ」と書き、別の一書は、匂口が締まり明るく冴えたこの作風が「南北朝時代にあってはこの一派の独壇場」であり、象徴ともいい得る個性的作域であると断じる。これらの作では逆足・葉が頻りに刃に入り、匂主調に小沸がつき、細かな金筋・砂流しがかかり、帽子は乱れ込んで突き上げ、尖って深く返る。最も華やぐ作では乱れがあまり逆がからない。延文六年紀の薙刀直しは、丁子乱れの変化と出入りの目立つ様が「福岡一文字を思わすような実に華やいだ出来口」と評され、彼の記録中この種の比較は唯一である。
二様の下にある地鉄は派のものである。青江本来の縮緬肌を残す作もあるが、多くは小板目に小杢を交えてよくつみ、地沸が微塵に厚くつき、独特の地斑、いわゆるなまず肌を交え、処々に澄肌が現われる。優品では映りが二重になる。棟寄りに乱れ映りが、刃に沿って筋状の映りが共に立ち、いわゆる段映りを成す。第二の手はこの地の上に乗る。中直刃が時に浅いのたれごころを帯び、小互の目・小丁子を交え、処々逆がかって直刃の中にも逆足・葉が入り、匂口は締まって明るく冴え、正平七年紀の太刀には鼠足が記される。逆丁子の名手として定評があるが、指定書は「直刃を焼いても上手で、高い技術を見せている」と繰り返し、細直刃の一短刀は匂口がキリッと締まって明るく、静謐で渋い味わいを見せると讃えられる。そして二様のいずれにあっても、「何れであっても帽子は突き上げごころに尖るものである」と説明書は記す。
二様は概ね造込みで分かれる。太刀の記録は十二口中十一口までが中直刃・細直刃の直刃で、華やかな逆丁子は身幅広く重ね薄く反り浅い典型的な南北朝姿の平造寸延び脇指・短刀と薙刀直しが担う。銘の切り方も見どころである。長銘と年紀を一行に書き下す書下し銘はこの期の青江に少なくなく、丸棟の造込みもまま見るところで、北朝の文和・延文紀に南朝年号の正平七年紀が交じる。この期の長大な作はほとんど後世大磨上無銘となったが、次直の記録には生ぶ在銘の太刀が残り、中に貞和三年紀・長さ八九・八糎の生ぶの一口がある。大磨上無銘の刀には本阿弥光忠・光常らによる次直極めの金象嵌銘が付され、首肯されている。同銘の下限は作そのものから引かれる。延文年紀作の丁子主調と相違した互の目主調の太刀は本間談として「延文年紀の作の後代とも思われる」とされ、細直刃の太刀も「延文の年紀ある次直の作よりは時代が少し下るであろう」と記され、説明書自身が同銘後代の問題を開いたままにしている。
派内では二様が工によって分かれる。次直には逆丁子乱れが、次吉には直刃が多く、説明書は「この点次吉とは対照的と言える」と書く。彼の作を彼と知らせるのは、記録された特色の重なりである。丁子と足の逆がかる構え、匂出来の刃に締まって明るい匂口、つんだ小板目に交じる澄肌となまず肌、優品に立つ段映り、突き上げて尖る帽子。いわゆる末青江の掉尾に立ち、個別の門人は記録にないが、延文紀より時代の下ると判じられた諸作は、次直銘が盛期の本工以後にも続いたことを示す。
藤代の極めで上々作。指定を受けた作は二十七口、内訳は重要文化財三口・重要美術品五口・特別重要刀剣七口・重要刀剣十二口である。伝来は名家を貫く。加賀前田家は延文五年紀の短刀を「大青江」と号して家の名物とし、柳沢家旧蔵の年紀脇指は古鞘の由緒書により元禄四年に将軍綱吉が初めて柳沢邸を訪れた際の贈り物と知られ、長州毛利家伝来の年紀太刀があり、毛利元康の所持銘を金象嵌で表し埋忠の磨上銘を伴う刀、紀州徳川家伝来の刀、徳川秀忠の感状と当時の打刀拵を伴う太刀が続く。重要文化財の三口は東京国立博物館・徳川美術館・日本美術刀剣保存協会に蔵される文化財であり、林原美術館は重要美術品の一口を蔵する。蒐集家が現実に出会い得るのは特別重要刀剣・重要刀剣の十九口で、所在の知られるものは多く個人蔵にあるが、これらは手放されるより蔵され続けるものであり、説明書自身が現存稀と呼ぶ生ぶ在銘・年紀入りの次直が市に現れることは稀で、現れれば一つの出来事である。