
国宗 在銘太刀 重要刀剣
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Kamakura
仕様
77.1 cm
2.3 cm
3.2 cm
2 cm
作者について
Saburo Kunimune國宗
備前三郎国宗は鎌倉時代中期の工で、説明書は正元(一二五九)頃の刀工とする。直宗系に属し、直宗の子国真の三男であるところから備前三郎と呼ばれた。長船に住したが、説明書はその系を長船正系から分け、鍛えた鉄は終始備前であったとする。古伝として、北条時頼に召されて東国に下り、福岡一文字派の助真や京の粟田口国綱と共に相州鍛冶の先駆者の一人となったと伝える。ある特別重要刀剣の太刀は、同工が「後に鎌倉幕府の北条時頼に召されて、鎌倉に移住し、同国の福岡一文字派の助真や京の粟田口国綱等と共に、相州鍛冶の先駆者の一人となったとの古伝がある」と書き起こす。 説明書は作風を二様に大別し、その別こそ同工の全てである。第一は身幅広く腰反り高く踏張りのついた力強い太刀で、優品は生ぶの雉子股茎を留め、丁子主調の華やかな乱れを焼く。杢を交え肌立つ板目に鮮やかな乱れ映りが立ち、互の目・角ばる刃・尖り刃を交え、足・葉さかんに入り、匂勝ちに小沸つき、金筋・砂流しがかかる。古来その名を負う見どころがこの手に現れ、説明書は乱れ刃の作風のものに、古来「備前三郎の白染み」と称して、刃中に染みがあらわれるところが特色とされている、と明記する。染みはこの華やかな手に多く静の手には少ないとされ、その存在自体が極めの拠り所となる。 地鉄こそ説明書が分かれ目を置くところである。華やかな丁子は一見光忠・守家を思わせるが、両者に比して鍛えがやや立ち、刃肌がまま立ち、刃中に沸を交える。肌立つ板目に地沸つき細かに地景が入り、総体に乱れ映りが明るく立つ。処々匂口がうるみ、説明書はこのうるみを白染みと一体に一つの鉄の質として読む。帽子は華やかな手では乱れ込んで先尖りごころ、または直ぐに小丸となって先掃きかける。 その傍らに静の手が立ち、二様併せて背骨をなす。第二の手はやや細身あるいは尋常の優しい姿で、鍛えはむしろ約み、時に小板目がつんで地沸が微塵につき、刃文は直刃調に小丁子・小互の目を交え逆足が入り、匂口締まりごころに小沸がつき明るく冴える。説明書は二様を銘振りに結び、華やかな手は大振り・鏨太で書体に丸み、直刃の手は小振り・細鏨で書体が角ばるとする。静の手が年紀作を負い、鎌倉末葉の正和年紀を伝える。二様の作域の幅とその遅い年紀から、説明書は「これら作風の変遷と年代的な面から推して一代限りではないように察せられるが、この点については今後の検討に俟つべきである」と判ずる。 鑑別では直刃の手の帽子が決め手となる。静の国宗は一見長船の真長や景光を思わせるが、説明書はある太刀について、「一見長船の真長や景光を思わせる出来であるが、帽子が直ぐに大丸に返っている点に相違を見せ」、地刃の多少沸づくところと目立つ地景に極めを置く。華やかな上限では紛れは逆に一文字へ向かい、刃取りの腰が開くところと刃中までこごる沸に極めが首肯される。この腰開きが号典厩割の手の小群を画す。白染みもまた常の特徴ではなく、説明書は「この現象は盛んな乱れ刃を焼いたものに多く、直刃調の出来のものに見ることは少ない」とする。系譜は根本で峻別され、長船に住しながら直宗系は正系と別置され、嘉元から延慶の年紀を直刃基調に有する中原国宗は初代の門下と目される。 鑑賞の観点では、国宗は藤代の極めで最上作、国宝三口、重要文化財十口、特別重要刀剣八口を含め、指定を受けた作は九十七口にのぼる。在銘作の筆頭に鹿児島の照國神社の太刀(国宝)が立ち、日光東照宮の太刀は稀な沸出来の手の国宝である。号典厩割は名高い伝来を負い、川中島合戦で上杉謙信が武田信玄の弟典厩信繁の陣を撃破した折の佩刀で、謙信から佐竹義重に贈られ、寛政年紀の糸巻太刀拵と共に出羽久保田藩主佐竹家に伝わった。上杉・佐竹・島津、紀州及び尾張徳川、井伊・阿部の各家、宮内省が記録の所有者に現れ、一口はボストン美術館に渡った。特別重要刀剣・重要刀剣の級にあるものは六十三口ほどで、これは備前のこの顔ぶれの中では比較的入手しやすい数である。国宝・重要文化財は社寺・美術館に守られて世に出ないが、特別重要刀剣・重要刀剣の作は、その多くが手元に留められるとはいえ、忍耐をもって時に個人の蔵に入る。出会えば大いなる入手であり、相州興隆の背景に立つ、東国へ赴いた備前の大家を現実に所有しうる唯一の道である。



