二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
出ました出ました兵庫県三木市の鉋鍛冶の基を築いた東播住源利行の貴重な短刀が出ました、三木市大宮神社には黒川君の碑があり、それによりますと本名黒川市太郎、父は九兵衛、文政十一年9月2日(1838年)(187年前)三木町新町生れ、父九兵衛は鍛冶を業とし、鉋鑿等の製作に従事、また刀匠としての誉れあり、黒川太市郎成年に及び専ら刀匠をもって家名を起こさんとし、研鑚これ努め、刀剣名は東播住人源利行と称すと記されています。後に明石藩御用刀剣鍛冶となったが、明治維新による廃藩置県により藩主の東京移住に際し、藩士の上京組と共に東京へ行き刀を打っていましたが、時の流れにより刀鍛冶を諦めて後鉋鍛冶として名声を上げました。明治三十九年十一月1日に東京で逝去する。子孫の黒川隆子氏の話によりますと、太市郎は殿様に可愛がられ毎月御城に参上しました。毎年一回藩の家老が太市郎の鍛冶場を巡視に来ました。またある年殿様自身が三木の鍛冶場を見学に来たこともあったそうです。そして太市郎は殿様に従って東京に移住しました。本短刀は貴重な源利行の幕末元治頃26歳頃の作(1864年)(161年前)時は徳川幕府と薩摩島津の連合軍と長州軍と京都御所の蛤御門で激闘を繰り広げた蛤御門の変が起こり、第一次長州征伐が開始された丁度その頃に明石藩家老の為に作られた短刀です。本短刀の姿は元重ね極厚く元身幅と先身幅の差の有る鎬地を削り鵜の首造とした鋭利な短刀姿を現し、地鉄は小板目肌に鍛え、彫りは表裏竹比べの彫りを彫り見事です。刃紋は匂い出来に小沸の付いた直ぐ調の刃を焼き如何にも強靭な短刀を鍛え上げています。拵えも当時のままの鍔は銀無垢地波の図、縁頭は四分一地葦と雁の図、目貫も雁の図、小尻は四分一磨き地、小柄、馬針は鉄地葦の図の付いた小さ刀短刀拵えが豪華で貴重です。刃物の町三木市にとっても本短刀は明治の廃刀令の為に三木市で作刀していた黒川太市郎刀匠の作品が無く三木市で所蔵しなければならない位貴重な作品です。この度古いお家から家代々大切にしてきた短刀ですが、後世に大切に伝えていただける方にお譲下さいとお預かりした為に拵えに160年以上の古い経年変化の痛みも少し有りますので特別に格安にてご提供いたします是非お楽しみ下さい。
Certificate reading — 銘 東播住源利行作































播磨 · 1865-1868頃
現在2点販売中
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
¥550,000