出ました出ました真田家伝来として伝わる武州下原照重の鎧通しの短刀が出ました。照重は武州八王子の下原鍛冶の頭領鍛冶です。本名山本源二郎。初代武州下原周重の次男で初め山本長門周重と名乗っていましたが北条氏の八王子城主北条氏照より「照」の字を授けられ照重に改めました。時代は室町時代永禄頃(1560年)(464年前)丁度織田信長が今川義元を破り天下取りに乗り出した桶狭間の戦いの頃の作品です。本短刀は元重ね厚く先重ねの薄い鎧通しの鋭利な短刀姿を現し、地金は小板目肌に鍛え元にかすかに大板目肌の如輪杢風の肌が現れ、刃紋は匂い出来に小沸の付いた互の目乱れ刃を焼き上手です。真田家伝来と伝える結び雁金の家紋の目貫をあしらった上品な拵えが本照重の短刀に一層華を添えています。この度古いお数寄者様から自分も年を取ったので真田家伝来の照重の短刀として伝えら作品を後進の方に審査も受けておりませんのでお安くお譲り下さいとお預かりした為に。特別に格安にてご提供いたします是非お楽しみ下さいませ。



















Shinto · 武蔵 · 1558-1570頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
照重の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
Shinto · 武蔵
現在7点販売中
下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
出ました出ました真田家伝来として伝わる武州下原照重の鎧通しの短刀が出ました。照重は武州八王子の下原鍛冶の頭領鍛冶です。本名山本源二郎。初代武州下原周重の次男で初め山本長門周重と名乗っていましたが北条氏の八王子城主北条氏照より「照」の字を授けられ照重に改めました。時代は室町時代永禄頃(1560年)(464年前)丁度織田信長が今川義元を破り天下取りに乗り出した桶狭間の戦いの頃の作品です。本短刀は元重ね厚く先重ねの薄い鎧通しの鋭利な短刀姿を現し、地金は小板目肌に鍛え元にかすかに大板目肌の如輪杢風の肌が現れ、刃紋は匂い出来に小沸の付いた互の目乱れ刃を焼き上手です。真田家伝来と伝える結び雁金の家紋の目貫をあしらった上品な拵えが本照重の短刀に一層華を添えています。この度古いお数寄者様から自分も年を取ったので真田家伝来の照重の短刀として伝えら作品を後進の方に審査も受けておりませんのでお安くお譲り下さいとお預かりした為に。特別に格安にてご提供いたします是非お楽しみ下さいませ。



















Shinto · 武蔵 · 1558-1570頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
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照重の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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Shinto · 武蔵
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下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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