二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
刃長67.9センチ 反り2.1センチ 元幅30.3ミリ 元重ね7.0ミリ 物打幅25.3ミリ 物打重ね6.6ミリ 横手位置幅23.0ミリ 松葉先重ね6.0ミリ 裸身重量858グラム 拵に納めて鞘を払った重量1,250グラム 昭和前期 The early period of Showa era 昭和28年12月16日 埼玉県登録 附属 素銅地金鍍金太刀はばき、陸軍九八式軍刀拵(アルミ鞘)、野戦用革覆 本名、菊池清一。明治33年(1900年)生まれ。「石堂運寿是一」「武蔵大掾是一」の子孫で石堂家の十代目に当たります。明治42年(1909年)に九代目である石堂秀一に弟子入りし鍛法を学び、戦時中は軍刀制作に従事。名家である石堂家の名に恥じぬ力量を発揮し、刃味優れる刀を数多く鍛えました。 石堂家は明治の廃刀令後は道具鍛冶に転じており、輝秀も戦後は鉋制作に専心し、大工達には鉋造りの名人として広く知られ、彼が造る鉋は刀同様に斬れ味が大変良く、大工の棟梁達の間でも幻の逸品として、「鉋一丁百万円」と謳われ、高い評価を受けました。今でも大工の棟梁の中には、石堂輝秀の鉋を神棚に祀る人さえいるといわれています。 本刀は元先の幅差が目立っては開かず、切先延びた豪壮な造り込みで、如何にも物斬れしそうな体配を誇り、地鉄は小板目がよく錬れて詰み、地沸ついて精美であり、刃文は匂口明るく、大小様々な大きさの互ノ目に所々湾れを交え鋩子は直ぐに先丸く返っています。 附属の九八式軍刀拵は、大切羽を含めて計八枚を備えた手の込んだ高級仕様で、鞘は戦闘時の機動性を考慮した軽量なアルミ鞘となっています。鐔鳴りは極僅かで、柄にはがたつきもなくしっかりとしています。 指表には、戦地での銃剣等によるものと思われる刀傷が野戦用革覆を断ち、鞘で止まった痕跡が認められ、当時の苛烈な戦闘状況をうかがわせます。 この軍刀を携えた将校が、過酷な戦場を生き抜こうと奮戦した事実を思うと、当時の持ち主への深い敬意を禁じ得ません。 激動の大東亜戦争を物語る歴史資料としても価値が高く、今後も良好に保存すべく上研磨を施して、次代へと受け継いでいただきたい一刀です。


















Saitama · 1926-1989頃
現在2点販売中
昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
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