説明

刃長69.15センチ 反り2.3センチ 元幅31.5ミリ 元重ね7.3ミリ 物打幅24.6ミリ 物打重ね5.2ミリ 横手位置幅21.5ミリ 松葉先重ね3.4ミリ 裸身重量724グラム。 拵に納めて鞘を払った重量1,131グラム。 天文十年(1541) The latter period of Muromachi era 昭和27年11月1日 富山県登録 附属 素銅地金鍍金はばき、陸軍九八式軍刀拵 反り深く、元先の差開いた上品な姿。地鉄は杢目肌よく練れて少しく肌立ち、刃文は直刃調に極僅かに湾れ、刃中は砂流や金筋が現れ、刃縁に打除風の刃や二重刃風の刃を伴い、帽子は直ぐに丸く返る。 手持ちはバランス良く手元重心。茎は斬撃力高い打刀として用いるため、棟方を削ぎ落して茎の反りを抑えています。 附属の陸軍九八式軍刀拵は残念ながら刀身と拵は後家ですが、金具の山吹色がしっかりと残っていて状態が良い。

備州長船祐定 天文十年八月日- Bishu Osafune Sukesada - 2-1494

備州長船祐定 天文十年八月日- Bishu Osafune Sukesada - 2-1494

¥385,000

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刀工

Sukesada

流派

Osafune

時代

Muromachi

仕様

長さ

69.15 cm

反り

2.3 cm

元幅

3.15 cm

先幅

2.46 cm

作者について

Sukesada祐定

備前国長船祐定は、室町時代後期に備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市)を中心に栄えた刀工の一派である。祐定を名乗る刀工は多数存在するが、与三左衛門尉祐定は特に著名であり、優品の数が多いことで知られる。同銘には二代が存在し、初代は天文六年(1537年)銘の短刀から逆算すると応仁元年(1467年)の生まれと推定され、永正から天文年間にかけて活躍した。七兵衛尉祐定は藤四郎祐定の嫡子で、与三左衛門尉祐定を祖とする五代目に当たり、延宝二年(1674年)に没したとされる。 祐定の作風は多岐にわたり、腰開きの互の目、直刃、皆焼など、様々な刃文を焼いている。地鉄は小板目肌がよく詰み、地沸がつき、地景が細かく入る。映りが立つものもある。作風は相似て個性が少ないとされるものの、地刃の出来が冴えるものが多く、注文打ちによる所持銘や念仏銘が切られた作も存在する。姿は、寸の詰まった打刀や、重ね厚く身幅の広いものなどが見られる。 祐定一派の刀は、総じて地鉄が精良で、地刃に沸がよくつき、匂口が冴える点が評価される。特に与三左衛門尉祐定の作は、末備前物を代表するものとして、皆焼の標本として見られるものもある。茎の保存状態が良いものも多く、同作中の優品と評される。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥385,000

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