二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
宮入小左衛門行平刀匠は、本名を宮入恵といい、昭和32年8月26日、長野県埴科郡坂城町に生まれた。人間国宝:宮入行平刀匠、旧銘:宮入昭平の二男にあたり、昭和52年、父:行平に師事して鍛刀の道に入る。しかし修行半ばで父が急逝したため、のちに行平の高弟:藤安将平刀匠に師事し、宮入家の作刀精神と相州伝の技を受け継いだ。昭和57年、文化庁より美術刀剣類制作承認を受け、昭和58年の新作名刀展に初出品して努力賞を受賞する。 以後、優秀賞、寒山賞、毎日新聞社賞などを重ね、最高賞である高松宮賞を六度受賞し、平成12年に無鑑査刀匠に認定される。平成8年には、刀匠であった曾祖父:小左衛門の名と、父:行平の名を合わせ、刀工銘を「小左衛門行平」と改めた。父祖の名を継ぐこの改銘には、宮入家の刀脈を担う決意が込められているものとみられる。 作風は、父:宮入昭平刀匠が追求した相州伝、なかでも南北朝期の名工:志津兼氏を範とするものを基調とする。地鉄はよく澄み、刃文は沸づいた湾れに互の目を交え、明るく冴えた作を多くみる。父の作風を受け継ぎながらも、姿の美しさ、地刃の清澄さ、やわらかみを帯びた刃文に小左衛門行平刀匠ならではの個性が示されている。 平成15年には坂城町無形文化財に指定され、令和元年9月には全日本刀匠会会長に就任し、令和7年9月まで同会会長を務めた。現代刀壇において、宮入昭平刀匠の流れを今日に伝える代表的刀匠の一人である。 本作は、宮入刀匠が34歳頃の作で、表を切刃造、裏を鎬造とした片切刃の造込みである。三ツ棟、身幅広めに、重ねやや厚く、元先の幅差少なく、反りつき、大鋒となる。鍛えは板目、よく練れて詰み、処々柾がかり、肌立ちごころに、地沸微塵につき、地景入る。刃文は小のたれ調に大互の目交じり、足入り、匂深く、小沸よくつき、細かに砂流しかかり、匂口明るい。帽子はのたれて小丸に返り、先掃きかける。表裏で造込みを異にする片切刃の一口であり、宮入刀匠が理想とした南北朝時代の古作:志津三郎兼氏の作域に挑んだものと推察される。片切刃に大鋒に結んだ豪壮な姿、精良な鍛えに杢を少しく交え、わずかに流れごころをみせる地鉄、沸づいて匂口明るい刃文に細かな砂流しがかかるなど、随所に見処を備えた優品である。



信濃 · 1989-頃
現在6点販売中
昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
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