二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
特別保存刀剣鑑定書付 刀 銘:浄雲斎羽山円真(明治四十二年四月日) 【解説】 本作は、明治四十二年(1909年)四月に浄雲斎羽山円真によって制作された一振りです。円真は弘化二年(1845年)、江戸に生まれました。本名を鈴木正浩と称します。 彼は幕末の名工として名高い源清麿の門人、鈴木正雄に師事し作刀技術を学びました。円真は豊橋藩(愛知県)の藩士でありながら、江戸に住し鍛刀に励みました。 明治から大正期にかけて屈指の名工として知られる円真ですが、他の刀匠が伝統的な玉鋼を用いる中で、彼はスウェーデン鋼(洋鋼)を好んで使用したことで知られています。洋鋼を用いた鍛刀の第一人者として、その名は広く轟いています。 また、粟田口国吉などの名刀の「写し」においても類稀なる技量を発揮しました。 本作の大きな特徴の一つは、その独特な茎(なかご)の形状にあります。これは「雉子股形茎(きじももがたなかご)」と呼ばれ、茎の上部が急激に括れた形状が雉の腿に似ていることからその名がつきました。この形状は平安から鎌倉時代の古名刀(太刀)によく見られる様式であり、円真が古名刀を強く意識し、その格調を再現しようとしたことが伺えます。 円真が作刀を始めた幕末期は、武士の需要により武器としての刀剣が求められた時代でした。しかし、慶応四年の戊辰戦争を経て明治政府が樹立されると、封建制度の崩壊とともに武士の特権は失われ、刀剣の需要は激減しました。多くの刀匠が廃業や転業を余儀なくされる苦境の中、円真は伝統の灯を絶やさぬよう作刀を続けました。大正九年二月十四日、七十五歳でその生涯を閉じています。 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)より「特別保存刀剣」に認定されています。これは保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高い真作の刀剣にのみ与えられる格付けです。 【刀身】 長さ(長狭):65.4 cm 反り:1.5 cm 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造の文様 地紋(地肌):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 茎(なかご):刀身の柄に収まる部分。刀匠は赤錆を防ぐために意図的に黒錆を付けます。この錆の色調(経年変化)は、専門家が制作年代を特定する際の重要な指標となります。 【拵】 拵(こしらえ):鞘、柄、鍔などを含めた外装一式。 縁頭(ふちかしら):柄の両端を保護し装飾する一対の金具。 本作の縁頭には、真鍮と思われる金色の象嵌が施されていた痕跡が見受けられます。意匠は「唐草文様」と推測されます。蔓(つる)が力強く伸びゆく唐草は、その生命力の強さから「繁栄」や「長寿」を象徴する吉祥文様として古くから尊ばれてきました。





















武蔵 · 1868-1912頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位87%
現在4点販売中
昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
特別保存刀剣鑑定書付 刀 銘:浄雲斎羽山円真(明治四十二年四月日) 【解説】 本作は、明治四十二年(1909年)四月に浄雲斎羽山円真によって制作された一振りです。円真は弘化二年(1845年)、江戸に生まれました。本名を鈴木正浩と称します。 彼は幕末の名工として名高い源清麿の門人、鈴木正雄に師事し作刀技術を学びました。円真は豊橋藩(愛知県)の藩士でありながら、江戸に住し鍛刀に励みました。 明治から大正期にかけて屈指の名工として知られる円真ですが、他の刀匠が伝統的な玉鋼を用いる中で、彼はスウェーデン鋼(洋鋼)を好んで使用したことで知られています。洋鋼を用いた鍛刀の第一人者として、その名は広く轟いています。 また、粟田口国吉などの名刀の「写し」においても類稀なる技量を発揮しました。 本作の大きな特徴の一つは、その独特な茎(なかご)の形状にあります。これは「雉子股形茎(きじももがたなかご)」と呼ばれ、茎の上部が急激に括れた形状が雉の腿に似ていることからその名がつきました。この形状は平安から鎌倉時代の古名刀(太刀)によく見られる様式であり、円真が古名刀を強く意識し、その格調を再現しようとしたことが伺えます。 円真が作刀を始めた幕末期は、武士の需要により武器としての刀剣が求められた時代でした。しかし、慶応四年の戊辰戦争を経て明治政府が樹立されると、封建制度の崩壊とともに武士の特権は失われ、刀剣の需要は激減しました。多くの刀匠が廃業や転業を余儀なくされる苦境の中、円真は伝統の灯を絶やさぬよう作刀を続けました。大正九年二月十四日、七十五歳でその生涯を閉じています。 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)より「特別保存刀剣」に認定されています。これは保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高い真作の刀剣にのみ与えられる格付けです。 【刀身】 長さ(長狭):65.4 cm 反り:1.5 cm 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造の文様 地紋(地肌):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 茎(なかご):刀身の柄に収まる部分。刀匠は赤錆を防ぐために意図的に黒錆を付けます。この錆の色調(経年変化)は、専門家が制作年代を特定する際の重要な指標となります。 【拵】 拵(こしらえ):鞘、柄、鍔などを含めた外装一式。 縁頭(ふちかしら):柄の両端を保護し装飾する一対の金具。 本作の縁頭には、真鍮と思われる金色の象嵌が施されていた痕跡が見受けられます。意匠は「唐草文様」と推測されます。蔓(つる)が力強く伸びゆく唐草は、その生命力の強さから「繁栄」や「長寿」を象徴する吉祥文様として古くから尊ばれてきました。





















武蔵 · 1868-1912頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位87%
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二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.