説明

銘入り・年紀入りの、鑑定済みの拵が付いた寸延短刀が入荷いたしました。 刀身自体は未鑑定ながら、年紀の切られた非常に出来の良い一振りです。 刀身全体に古研ぎが施されており、欠点らしい欠点のない極めて健全な状態を保っています。 地鉄は古刀肌らしい板目に木目が交じり、地沸よくついて潤いがあります。 刃文は実戦的な細直刃で、匂口はしっとりと明るく冴えています。 茎の差表には「備前国住長船祐定作」、差裏には「永禄十年八月日」の銘があります。 これは、備前国の住人である長船祐定が、永禄十年(1567年)八月に鍛錬したことを示しています。 永禄十年といえば、織田信長が美濃国を平定し、小牧山城から稲葉山城へ本拠を移して「岐阜」と改称した年です。 また、松平家康(後の徳川家康)が「徳川」への改姓を勅許されたほか、越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄が関東や信濃を舞台に激しい領地争いや挟撃戦を繰り広げるなど、日本史が天下統一へと大きく動き出した転換期として知られています。 祐定は、備前国(現在の岡山県)で繁栄した長船派の刀工です。 室町時代初期から末期にかけて、数多くの刀工が「祐定」を名乗り作刀しましたが、その中でも室町末期に活躍した与三左衛門尉祐定が最高の名工とされています。 本作は合口拵に収まっており、小柄は付属しておりますが笄(こうがい)は欠損しています。とはいえ、全体として保存状態は非常に良好です。 これほど出来が良く、歴史的背景を感じさせる銘入りの寸延短刀は、コレクションに加えるべき逸品と言えるでしょう。 長さ:31.3 cm 反り:内反り 目釘穴:1個

Authentic Koto Era O-Tanto for Sale - Sukesada | Tozando

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短刀

$1,800

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

刀工

Sukesada

流派

Osafune

時代

Late Nanbokucho/Early Muromachi (c. 1390)

仕様

長さ

31.3 cm

元幅

2.72 cm

流派について

Sukesada School祐定派

3 重要刀剣

祐定派は、室町時代後期に備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市)の地に栄えた末備前の主流工房である。鎌倉以来の長船鍛冶が太刀の時代を閉じ、太刀に代わって身幅の広い長大な打刀を諸手で用いる時代に入ると、祐定の名はその新しい需要を一手に担う一群の総称となった。説明書がこれを末長船で最も繁栄した一家と記すとおり、祐定を切った工は数十を数え、近世の刀剣書は俗名を冠した者だけでも二十一人を挙げる。その大群のなかで腕においても名においても抜きん出るのが、俗名を負った数工である。最も著名にして上手とされる与三左衛門尉祐定、その父と伝える彦兵衛尉祐定、豪壮の鍛えで知られる源兵衛尉祐定、二様の作風を能くする彦左衛門尉祐定らがそれで、初代与三左衛門尉は天文六年紀の短刀から逆算して応仁元年の生まれと推定され、永正から天文にかけて一派の頂点に立った。これら名工の入念な注文打のかたわら、戦国の旺盛な需要に応える数打物が大量に鍛えられ、一派は名工と量産の二つの層を同時に抱えた。 作風には末備前の工房がわがものとした明らかな共通語法がある。刃文を統べる一つの極は、腰の開いた互の目が複式の乱れに組み上がる腰開きの複式互の目で、これに小互の目丁子・尖り刃を交え、足・葉さかんに入り、匂本位に小沸つき、小さな飛焼を交えて匂口が明るい。いま一つの極は、意図して静かな直刃あるいは広直刃で、これに小互の目を交え、砂流し・金筋がかかる。地鉄はいずれの刃の下でも小板目をよくつめて鍛え、地沸を微塵に敷き、地景を細かに織りなして、鎬寄りに淡く乱れ映りが立つことがあり、鎌倉全盛の明るい映りの名残をわずかに残す。帽子は乱れ込みに小丸となり、あるいは尖りごころに掃きかけて返る。姿は寸延びて身幅広く、重ね厚く先反りつき、両手打に適した茎となるのが時代の徴である。これらの特徴は一派を通じて繰り返されるが、名工と数打を分かつのは作域の広さと地刃の冴えである。与三左衛門尉は複式互の目に加えて沸深い皆焼と穏やかな直刃の双方を能くし、源兵衛尉は鍛錬の定評と広直刃に、彦兵衛尉は直刃を地としつつ備前本来の賑やかな乱れに、彦左衛門尉は華やかな乱れと静かな直刃の二様に、それぞれの手を見せる。これに対し数打物は作風相似て個性に乏しく、地刃の働きも浅い。 鑑定の勘所は、まずこの名工と数打との別を見極めることにある。名工の注文打は地鉄が精良で地刃の沸がよくつき匂口冴え、年紀の傍らに所持者の銘を負うものが多い。源兵衛尉の天文二十三年紀の刀は惟宗忠頼の所持銘を、彦左衛門尉の天正四年の刀は播州の和田出雲守のための「為播州住和田出雲守重代延之也」の銘を負い、説明書はかかる為打・注文打があればこそ末備前の名声が高いと明言する。三工のうちでも与三左衛門尉の格はとりわけ高く、説明書は与三左衛門尉を冠するものが最も有名にして上手と記し、その典型作を末備前を代表する一口と位置づける。切れ味の評にあっても末備前は実用刀として重んじられ、戦国の武器としての需要がこの隆盛を支えた。伝来もまた一派の評価を裏づけ、与三左衛門尉の五十七歳の作は蜂須賀家に伝わり、ほかに毛利家・井伊家、皇室の御物、武将山中鹿介の所持と伝える脇指などが数えられる。幅広く明るく、腰の開いた互の目の冴えて読める在銘年紀の祐定は、長船がその最後の偉大な世代にいかに鍛えたかを語る確かな一証である。

刀剣商

Tozando

japanesesword.net

$1,800

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