説明

備州長船祐定 -Bishu Osafune Sukesada- 刃長46.0センチ 反り1.1センチ 元幅32.1ミリ 元重ね7.9ミリ 物打幅24.8ミリ 横手位置幅22.5ミリ 物打重ね6.6ミリ 松葉先重ね5.8ミリ 目釘穴1個 裸身重量578グラム 室町中期~後期 The middle ~ latter period of Muromachi era 平成7年11月16日 香川県登録 附属 特別保存刀装具鑑定書、白鞘、銀二重はばき 祐定は勝光、清光などと並び、室町末期を代表する備前長船鍛冶の刀工。与三左衛門を筆頭に彦兵衛尉、源兵衛、源左衛門、彦左衛門、五郎左衛門などが居り、いずれも名手として名高い。 この脇指は、元先の幅差頃好く開き、中切先わずかに延びごころの姿を呈する。地鉄は杢目鍛えでよく錬れ、わずかに肌立ちつつ地景を交えた精美な肌合いを示し、刃文は湾れ調に互ノ目を焼き、細かな足がよく入って丁字を成し、砂流かかり、働き豊かな出来映え。鋩子は直ぐ調にやや乱れ、刃肌に絡んで杢目模様を見せ、先は丸くやや長く返る。 俗名こそ切られていないものの、特筆すべき鍛錬疵も無く健全で、地刃共に出来優れた一振であり、特別保存刀剣認定にも誰もが首肯できる逸品です。 当店にて美術観賞用として最上研磨を施しております。凛と立った三ツ角や冴えた横手など、下地の確かさと仕上げの妙が相まって、本刀本来の魅力を余すところなく引き出した見事な研ぎ上がりです。名人の手による気品と迫力を兼ね備えた一刀、ぜひこの機会にご所持ください。

備州長船祐定 -Bishu Osafune Sukesada- 3-957
Tokuho

備州長船祐定 -Bishu Osafune Sukesada- 3-957

脇差

¥1,100,000

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仕様

長さ

46 cm

反り

1.1 cm

元幅

3.21 cm

先幅

2.48 cm

流派について

Sukesada School祐定派

3 重要刀剣

祐定派は、室町時代後期に備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市)の地に栄えた末備前の主流工房である。鎌倉以来の長船鍛冶が太刀の時代を閉じ、太刀に代わって身幅の広い長大な打刀を諸手で用いる時代に入ると、祐定の名はその新しい需要を一手に担う一群の総称となった。説明書がこれを末長船で最も繁栄した一家と記すとおり、祐定を切った工は数十を数え、近世の刀剣書は俗名を冠した者だけでも二十一人を挙げる。その大群のなかで腕においても名においても抜きん出るのが、俗名を負った数工である。最も著名にして上手とされる与三左衛門尉祐定、その父と伝える彦兵衛尉祐定、豪壮の鍛えで知られる源兵衛尉祐定、二様の作風を能くする彦左衛門尉祐定らがそれで、初代与三左衛門尉は天文六年紀の短刀から逆算して応仁元年の生まれと推定され、永正から天文にかけて一派の頂点に立った。これら名工の入念な注文打のかたわら、戦国の旺盛な需要に応える数打物が大量に鍛えられ、一派は名工と量産の二つの層を同時に抱えた。 作風には末備前の工房がわがものとした明らかな共通語法がある。刃文を統べる一つの極は、腰の開いた互の目が複式の乱れに組み上がる腰開きの複式互の目で、これに小互の目丁子・尖り刃を交え、足・葉さかんに入り、匂本位に小沸つき、小さな飛焼を交えて匂口が明るい。いま一つの極は、意図して静かな直刃あるいは広直刃で、これに小互の目を交え、砂流し・金筋がかかる。地鉄はいずれの刃の下でも小板目をよくつめて鍛え、地沸を微塵に敷き、地景を細かに織りなして、鎬寄りに淡く乱れ映りが立つことがあり、鎌倉全盛の明るい映りの名残をわずかに残す。帽子は乱れ込みに小丸となり、あるいは尖りごころに掃きかけて返る。姿は寸延びて身幅広く、重ね厚く先反りつき、両手打に適した茎となるのが時代の徴である。これらの特徴は一派を通じて繰り返されるが、名工と数打を分かつのは作域の広さと地刃の冴えである。与三左衛門尉は複式互の目に加えて沸深い皆焼と穏やかな直刃の双方を能くし、源兵衛尉は鍛錬の定評と広直刃に、彦兵衛尉は直刃を地としつつ備前本来の賑やかな乱れに、彦左衛門尉は華やかな乱れと静かな直刃の二様に、それぞれの手を見せる。これに対し数打物は作風相似て個性に乏しく、地刃の働きも浅い。 鑑定の勘所は、まずこの名工と数打との別を見極めることにある。名工の注文打は地鉄が精良で地刃の沸がよくつき匂口冴え、年紀の傍らに所持者の銘を負うものが多い。源兵衛尉の天文二十三年紀の刀は惟宗忠頼の所持銘を、彦左衛門尉の天正四年の刀は播州の和田出雲守のための「為播州住和田出雲守重代延之也」の銘を負い、説明書はかかる為打・注文打があればこそ末備前の名声が高いと明言する。三工のうちでも与三左衛門尉の格はとりわけ高く、説明書は与三左衛門尉を冠するものが最も有名にして上手と記し、その典型作を末備前を代表する一口と位置づける。切れ味の評にあっても末備前は実用刀として重んじられ、戦国の武器としての需要がこの隆盛を支えた。伝来もまた一派の評価を裏づけ、与三左衛門尉の五十七歳の作は蜂須賀家に伝わり、ほかに毛利家・井伊家、皇室の御物、武将山中鹿介の所持と伝える脇指などが数えられる。幅広く明るく、腰の開いた互の目の冴えて読める在銘年紀の祐定は、長船がその最後の偉大な世代にいかに鍛えたかを語る確かな一証である。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥1,100,000

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