室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
戦国時代の薩摩刀工であり、備前長船清光に師事したという佐藤清左の刀です。細川幽斎の差料「八重畳」の作者としても知られます。鎬の高い利刀姿は長舩清光に似ますが、本力は反が深く銘を太刀銘に刻っており元来は太刀として制作されたのかも知れません。刃文は糸直刃ですが匂口と刃線にムラが少なく、製作時の鍛練や焼入は相当入念に行われたと思われます。中心仕立もとても入念であり相当な方からの注文品だったのでしょうか。激戦であった戦国時代の九州を生き抜いた、清左の貴重な太刀銘の刀です。


脇物 · 薩摩 · 1501-1504頃
刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
脇物 · 薩摩
時期区分: 末波平· 1393–1900
現在2点販売中
室町後期から江戸初期にかけての波平派は、開祖以来連綿と続いた古波平の系譜をそのまま受け継ぐ後代の一群であり、これを末波平と称する。島津氏の治める薩摩・大隅の地にあって、この派は保守的な気質を強く保ち、先祖の作風を長く固守した。説示によれば室町後期の末波平は大別して橋口系・石神系・佐藤系に分かれ、佐藤系には清左や貞清の名が見える。年紀作の遺る貞次・貞清・治行・重鑑らはおおむね天文頃の活躍が知られ、重鑑のごとく隅州を称して大隅に住しながら薩摩にも作刀した工もある。永禄・元亀・天正の頃には篤倉が出るが、波平一派にあって藤原姓を銘文に冠する点が珍しく注目される。後代に至るまで安常のごとく波平を冠した銘を切る通例が守られた。 末波平の作風は、説示が記すところでは鍛えが肌立って流れ、白けが目立ち、刃文は焼の低い直刃ほつれで、匂口がうるみ、地刃ともに弱く感じられるものが多い。これは総じて先祖の古波平の風を伝承した結果であり、古波平の大和気質を引き継ぎつつ、後代に下って作がやや粗く、定型化した趣を呈する。ただし保守的な同派の中にあっても、まま時好の作風を取り入れたあか抜けした出来口の工が存在する。それらは主に末備前風、ないし末相州風のもので、貞次・貞清の作はのたれ調に互の目を交えた乱れ刃を焼き、足・葉が入り、鍛えがつよく刃が冴える。篤倉の作は腰開きの複式ごころの乱れ刃に飛焼を交えて一種の皆焼となり、治行の作は平高田派に通じる出来を見せる。古波平の精美にして古様な直刃の趣とは異なり、これら後代の乱れ刃は時代の流行を映したものである。 鑑定の上で末波平を古波平と分かつ要点は、後代に至る肌立ち流れた鍛えと白け、焼の低いほつれ調の直刃、うるみごころの匂口といった、いかにも弱く感ぜられる地刃の総体的な趣にある。これに対して時好を取り入れた工の乱れ刃の作は、同派の作域の幅を知る上で貴重な資料となる。主要な工としては佐藤系の貞清が同工のみならず同派の代表作と称すべき出来を遺し、貞次・治行・重鑑・篤倉らもそれぞれ傑出の一口を伝える。新刀期に下れば、薩摩国波平派五十九代を担った安常が延享・明和の年紀作を遺し、相州伝を加味して匂深く沸厚くつき、薩摩新刀に共通する剛健な造込みを示すなど、古波平以来の直刃の伝統に後代ならではの新味を加えている。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品到着後7日以内、商品販売時と状態が変化していない場合適用させて頂きます。商品代金は返品確認後、ご指定口座へ速やかにご返金致します。
戦国時代の薩摩刀工であり、備前長船清光に師事したという佐藤清左の刀です。細川幽斎の差料「八重畳」の作者としても知られます。鎬の高い利刀姿は長舩清光に似ますが、本力は反が深く銘を太刀銘に刻っており元来は太刀として制作されたのかも知れません。刃文は糸直刃ですが匂口と刃線にムラが少なく、製作時の鍛練や焼入は相当入念に行われたと思われます。中心仕立もとても入念であり相当な方からの注文品だったのでしょうか。激戦であった戦国時代の九州を生き抜いた、清左の貴重な太刀銘の刀です。


脇物 · 薩摩 · 1501-1504頃
刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
脇物 · 薩摩
時期区分: 末波平· 1393–1900
現在2点販売中
室町後期から江戸初期にかけての波平派は、開祖以来連綿と続いた古波平の系譜をそのまま受け継ぐ後代の一群であり、これを末波平と称する。島津氏の治める薩摩・大隅の地にあって、この派は保守的な気質を強く保ち、先祖の作風を長く固守した。説示によれば室町後期の末波平は大別して橋口系・石神系・佐藤系に分かれ、佐藤系には清左や貞清の名が見える。年紀作の遺る貞次・貞清・治行・重鑑らはおおむね天文頃の活躍が知られ、重鑑のごとく隅州を称して大隅に住しながら薩摩にも作刀した工もある。永禄・元亀・天正の頃には篤倉が出るが、波平一派にあって藤原姓を銘文に冠する点が珍しく注目される。後代に至るまで安常のごとく波平を冠した銘を切る通例が守られた。 末波平の作風は、説示が記すところでは鍛えが肌立って流れ、白けが目立ち、刃文は焼の低い直刃ほつれで、匂口がうるみ、地刃ともに弱く感じられるものが多い。これは総じて先祖の古波平の風を伝承した結果であり、古波平の大和気質を引き継ぎつつ、後代に下って作がやや粗く、定型化した趣を呈する。ただし保守的な同派の中にあっても、まま時好の作風を取り入れたあか抜けした出来口の工が存在する。それらは主に末備前風、ないし末相州風のもので、貞次・貞清の作はのたれ調に互の目を交えた乱れ刃を焼き、足・葉が入り、鍛えがつよく刃が冴える。篤倉の作は腰開きの複式ごころの乱れ刃に飛焼を交えて一種の皆焼となり、治行の作は平高田派に通じる出来を見せる。古波平の精美にして古様な直刃の趣とは異なり、これら後代の乱れ刃は時代の流行を映したものである。 鑑定の上で末波平を古波平と分かつ要点は、後代に至る肌立ち流れた鍛えと白け、焼の低いほつれ調の直刃、うるみごころの匂口といった、いかにも弱く感ぜられる地刃の総体的な趣にある。これに対して時好を取り入れた工の乱れ刃の作は、同派の作域の幅を知る上で貴重な資料となる。主要な工としては佐藤系の貞清が同工のみならず同派の代表作と称すべき出来を遺し、貞次・治行・重鑑・篤倉らもそれぞれ傑出の一口を伝える。新刀期に下れば、薩摩国波平派五十九代を担った安常が延享・明和の年紀作を遺し、相州伝を加味して匂深く沸厚くつき、薩摩新刀に共通する剛健な造込みを示すなど、古波平以来の直刃の伝統に後代ならではの新味を加えている。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品到着後7日以内、商品販売時と状態が変化していない場合適用させて頂きます。商品代金は返品確認後、ご指定口座へ速やかにご返金致します。