二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
Stock number:WA-011018Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Bicyu(Hiroshima)・Edo era 1661Blade length(Cutting edge): 50.4cmCurve(SORI): Inner curve 1.0cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.15cmThickness at the Moto-Kasane: 0.72cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.6cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmLength of Koshirae : about 74cmHabaki: One parts, silver HabakiSword tang(Nakago): UnalteredRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Chu-kissaki, Shinogizukuri, IorimuneJigane(Hada): Itame with JinieTemper patterns(Hamon): Notare and Gunome-midareTemper patterns in the point(Bohshi): KomaruRegistration Card: Nigata【Additional Information】備中国水田派は、平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した古青江為次の末流達が、後月郡荏原村や砦部郡松山などの地で再興を計り室町末期の備中国に起こした一派で、戦国時代末期より新刀期の元禄頃には、60数名に及ぶの同銘鍛冶が居たと云われ大いに栄えました。この派は新刀期に入ると大月派を代表する大与五国重派と、為家を代表とする河野派に別れましたが、三郎兵衛尉、大与五、勝兵衛、市蔵など高名な水田刀工はみな国重を名乗っています。これらの一般的作風は、沸出来の互の目大乱という概ね荒錵の良く付いた野趣の富んだ作品が多く、相州伝系の覇気溢れた作風です。本作体配は一尺六寸七分弱という刃長で、身幅広く元先の幅差少ないドスンとした豪壮な姿に、反りがやや浅めにつき切先が延びて勇壮な気風に溢れる脇差です。地鉄は板目肌鍛で地沸がよくついた強い鉄です。刃紋は、明るい小沸に強い沸粒が激しくつく相伝を強調したもので湾れ基調に互の目が乱れる刃です。刃中は、沸よくつき、砂流しかかり金線が絡むなどして盛んに働きます。茎は生ぶで御覧の通り文句なしの状態です。本刀は新刀相州伝上作の如き覇気がある脇差で、水田派の特色と高度な技量を存分に示した拵付きの優品です。拵、白鞘、銀着せ一重はばき、特別保存刀剣鑑定書付。







新刀 · 備中 · 1624-1644頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位26%
現在9点販売中
國重の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新刀 · 備中
現在16点販売中
水田派は、室町時代末期の備中国に現れ、国重の名を代々受け継いだ一派である。松山、呰部、井原、荏原、新見など備中各地に拠を構えて作刀し、その勢いは古刀期から新刀期にまで及んだ。説示によれば、新見の国重は銘鑑により備後から備中新見荘に入り、後に松山城主三村家の刀工となったとされ、ほかに備後福山や河波でも作刀した工が知られる。新見住三郎左衛門尉国重、井原住の国重、英賀郡呰部住の大月左兵衛尉国重、水田住の大月与五右衛門国重など、地名と俗名を冠して長銘を切る工が代を重ねて連なり、国重と名乗る刀工が一門に圧倒的に多いことが、この派の大きな特徴をなしている。 作風は古刀期と新刀期とで趣を異にする。古水田と称される作には、腰の開いた互の目乱れを主調として小丁子や小乱れを交え、匂口が締まって小沸がつく、ややこせこせとした趣のものが見られ、茎先が大きく刃上りとなる点が見どころとされる。地鉄は小板目肌つみ、地沸がついて映りが立つ。新刀期の作になると、板目が流れて柾を交じえる鍛えに、小のたれや互の目を焼き、沸が深く、殊に荒沸が激しくつき、相州伝を強く意識した出来となる。地沸厚く地景太く入って湯走りがかかり、砂流し・金筋を頻りに見せ、棟焼がしきりにかかって皆焼風を呈する一群があり、帽子は掃き掛けて火焰風となり、あるいは焼深く一枚風となって長く返る。物打辺に矢筈風の刃を交えること、また小板目に小杢目を交え地沸微塵に厚くついて淡く映り立つ地鉄も、この派を見分ける拠りどころとなる。彫物を巧みにこなす工もあり、棒樋に倶利迦羅や梵字を施した大小の作が残る。 鑑定にあたっては、互の目や角ばる刃を交えた焼高い刃取り、矢筈風の刃、一枚風あるいは火焰風の帽子、棟焼の頻発といった水田特有の見どころが、相州・美濃に寄った実用本位の造込みと相俟って手掛かりとなる。沸の崩れや荒沸の激しさは、よく斬れる実戦の刀としての性格を物語る。在銘の確かな作は数が限られ、なかでも大月与五右衛門国重のごとく一門の他工にも稀なほど出来の優れたものが存する。新見の国重の一作は『光山押形』に所載し、附帯する古鞘に六代将軍徳川家宣すなわち文昭院の御陣刀であった旨が記される伝来の確かなものであって、備中の地に長く栄えた水田派の位置づけを今に伝えている。 詳しく見る →
二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock number:WA-011018Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Bicyu(Hiroshima)・Edo era 1661Blade length(Cutting edge): 50.4cmCurve(SORI): Inner curve 1.0cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.15cmThickness at the Moto-Kasane: 0.72cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.6cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmLength of Koshirae : about 74cmHabaki: One parts, silver HabakiSword tang(Nakago): UnalteredRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Chu-kissaki, Shinogizukuri, IorimuneJigane(Hada): Itame with JinieTemper patterns(Hamon): Notare and Gunome-midareTemper patterns in the point(Bohshi): KomaruRegistration Card: Nigata【Additional Information】備中国水田派は、平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した古青江為次の末流達が、後月郡荏原村や砦部郡松山などの地で再興を計り室町末期の備中国に起こした一派で、戦国時代末期より新刀期の元禄頃には、60数名に及ぶの同銘鍛冶が居たと云われ大いに栄えました。この派は新刀期に入ると大月派を代表する大与五国重派と、為家を代表とする河野派に別れましたが、三郎兵衛尉、大与五、勝兵衛、市蔵など高名な水田刀工はみな国重を名乗っています。これらの一般的作風は、沸出来の互の目大乱という概ね荒錵の良く付いた野趣の富んだ作品が多く、相州伝系の覇気溢れた作風です。本作体配は一尺六寸七分弱という刃長で、身幅広く元先の幅差少ないドスンとした豪壮な姿に、反りがやや浅めにつき切先が延びて勇壮な気風に溢れる脇差です。地鉄は板目肌鍛で地沸がよくついた強い鉄です。刃紋は、明るい小沸に強い沸粒が激しくつく相伝を強調したもので湾れ基調に互の目が乱れる刃です。刃中は、沸よくつき、砂流しかかり金線が絡むなどして盛んに働きます。茎は生ぶで御覧の通り文句なしの状態です。本刀は新刀相州伝上作の如き覇気がある脇差で、水田派の特色と高度な技量を存分に示した拵付きの優品です。拵、白鞘、銀着せ一重はばき、特別保存刀剣鑑定書付。







新刀 · 備中 · 1624-1644頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位26%
現在9点販売中
國重の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新刀 · 備中
現在16点販売中
水田派は、室町時代末期の備中国に現れ、国重の名を代々受け継いだ一派である。松山、呰部、井原、荏原、新見など備中各地に拠を構えて作刀し、その勢いは古刀期から新刀期にまで及んだ。説示によれば、新見の国重は銘鑑により備後から備中新見荘に入り、後に松山城主三村家の刀工となったとされ、ほかに備後福山や河波でも作刀した工が知られる。新見住三郎左衛門尉国重、井原住の国重、英賀郡呰部住の大月左兵衛尉国重、水田住の大月与五右衛門国重など、地名と俗名を冠して長銘を切る工が代を重ねて連なり、国重と名乗る刀工が一門に圧倒的に多いことが、この派の大きな特徴をなしている。 作風は古刀期と新刀期とで趣を異にする。古水田と称される作には、腰の開いた互の目乱れを主調として小丁子や小乱れを交え、匂口が締まって小沸がつく、ややこせこせとした趣のものが見られ、茎先が大きく刃上りとなる点が見どころとされる。地鉄は小板目肌つみ、地沸がついて映りが立つ。新刀期の作になると、板目が流れて柾を交じえる鍛えに、小のたれや互の目を焼き、沸が深く、殊に荒沸が激しくつき、相州伝を強く意識した出来となる。地沸厚く地景太く入って湯走りがかかり、砂流し・金筋を頻りに見せ、棟焼がしきりにかかって皆焼風を呈する一群があり、帽子は掃き掛けて火焰風となり、あるいは焼深く一枚風となって長く返る。物打辺に矢筈風の刃を交えること、また小板目に小杢目を交え地沸微塵に厚くついて淡く映り立つ地鉄も、この派を見分ける拠りどころとなる。彫物を巧みにこなす工もあり、棒樋に倶利迦羅や梵字を施した大小の作が残る。 鑑定にあたっては、互の目や角ばる刃を交えた焼高い刃取り、矢筈風の刃、一枚風あるいは火焰風の帽子、棟焼の頻発といった水田特有の見どころが、相州・美濃に寄った実用本位の造込みと相俟って手掛かりとなる。沸の崩れや荒沸の激しさは、よく斬れる実戦の刀としての性格を物語る。在銘の確かな作は数が限られ、なかでも大月与五右衛門国重のごとく一門の他工にも稀なほど出来の優れたものが存する。新見の国重の一作は『光山押形』に所載し、附帯する古鞘に六代将軍徳川家宣すなわち文昭院の御陣刀であった旨が記される伝来の確かなものであって、備中の地に長く栄えた水田派の位置づけを今に伝えている。 詳しく見る →
二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).