同田貫は、鎌倉時代末期(元応頃)に肥後守護職として重きをなした菊池一族の招きに応じ、京都山城より移住した名工延寿国村を始祖とし栄えた延寿鍛冶の末裔と伝えられる。本作の同田貫上野介(どうたぬきこうずけのすけ)は作刀の多くを同田貫上野介とのみ銘を切る同田貫初代の同田貫上野介正国。同田貫という地名がある肥後国菊池郡城北村稗方出身。兄は清国といい兄弟で加藤清正の姓を一字ずつ授かったと伝えられる。正国は加藤清正に召し抱えられ禄高一千石を賜り熊本城の御用刀工を仰せ付けられた。作風は実戦本位、剛健で切れ味抜群。「折れず曲らず同田貫」「兜割正国」と称賛される同田貫の代表工。また豊臣公征韓の役に清正と共に従軍して釜山に於いて日本刀を鍛えたことで有名。同田貫を名乗る刀工は傍系を含め五十数名あるが、著名なる刀工は初代上野介正国、九代大和守正勝、十代延寿太郎宗広、十一代延寿太郎宗春等がある。中でも初代上野介正国は人気、評価ともに秀でた存在。本作は、研ぎ減りと指表ものうちに瑕あるが、同田貫上野介が鍛えた生茎、刃長2尺3寸3分の力強い打刀。2023年保存刀剣審査合格。
Certificate reading — 銘 九州肥後同田貫上野介
















備前伝 · 肥後 · 1596-1615頃
刀剣大鑑 上位77%
現在1点販売中
備前伝 · 肥後
現在16点販売中
同田貫は肥後国の菊池に室町末期から興り、新刀期に及んで活躍した一派である。説示は本派を九州肥後を代表する流派として位置づけ、その一門に正国・上野介・又八(又八左衛門)・正広・兵部・左馬介・国勝らの工があったことを伝える。年紀を備えた遺例には天正から慶長に跨がる作が見られ、上野介には慶長九年・慶長十六年八月吉日の銘があって、新古を跨ぐ形でこの工が活躍したことが知られる。正国の薙刀は桃山時代の製作と鑑せられ、刀身とほぼ同時期に誂えられた拵を伴う例もある。説示の伝える工と年紀からは、戦国末から江戸初頭にかけての肥後にあって、実用の需に応えた工房の姿がうかがえる。 作風は、身幅広く重ね厚く平肉の豊かな豪壮な造込みを基調とする。説示はこれを武骨な姿とも記し、鎬造の刀のほかに大身槍や大振りの薙刀の作例も数多く経眼されると述べる。鍛えは板目肌で、処々に流れ肌や杢目を交え、やや肌立ちごころとなり、地沸がつく。刃文はのたれを基調に小互の目・小丁子・小尖り刃などが交じり、足・葉がよく入り、匂口は締りがちで叢沸となり、飛焼や棟焼を見せ、金筋・砂流しの細かにかかる作がある。互の目乱れを主とする例や、正広の薙刀のように直刃を焼いて匂口の沈む作も伝えられ、一派のうちに振幅のあることが説示から読み取れる。見分けに当たっては、頑健な姿態と、匂口の締まった乱刃に叢沸・飛焼・棟焼の交じる地刃の様相が手がかりとなる。 伝承の面では、説示はこの派の刀の鋭利さが古くから賞讃され、実用刀として知られてきたことを繰り返し記す。代表工とされる上野介には、常に見る同派の作域よりも変化に富み野趣の感じられる作があり、沈みごころの地刃に渋い味わいの醸される一口が同工および同派を代表する出来として挙げられている。正国の薙刀は、地沸の微塵に厚くついた鍛えと、同派の常以上に明るく沸づいて刃中の頻りに働く刃文をもって秀作と評され、黒漆金蒔絵柄鞘薙刀拵を附帯する。又八の薙刀には匂口の締まった作に沸のつく一派の特色がよく示され、黒塗薙刀拵を伴う。資料は僅少ながら、これらの遺例は、肥後にあって頑健と切れ味を旨とした同田貫の性格を、刀・薙刀の双方に即して伝えるものといえる。
商品到着後7日以内※①商品に手を加えた場合、②海外取引の場合は返品不可となります。
同田貫は、鎌倉時代末期(元応頃)に肥後守護職として重きをなした菊池一族の招きに応じ、京都山城より移住した名工延寿国村を始祖とし栄えた延寿鍛冶の末裔と伝えられる。本作の同田貫上野介(どうたぬきこうずけのすけ)は作刀の多くを同田貫上野介とのみ銘を切る同田貫初代の同田貫上野介正国。同田貫という地名がある肥後国菊池郡城北村稗方出身。兄は清国といい兄弟で加藤清正の姓を一字ずつ授かったと伝えられる。正国は加藤清正に召し抱えられ禄高一千石を賜り熊本城の御用刀工を仰せ付けられた。作風は実戦本位、剛健で切れ味抜群。「折れず曲らず同田貫」「兜割正国」と称賛される同田貫の代表工。また豊臣公征韓の役に清正と共に従軍して釜山に於いて日本刀を鍛えたことで有名。同田貫を名乗る刀工は傍系を含め五十数名あるが、著名なる刀工は初代上野介正国、九代大和守正勝、十代延寿太郎宗広、十一代延寿太郎宗春等がある。中でも初代上野介正国は人気、評価ともに秀でた存在。本作は、研ぎ減りと指表ものうちに瑕あるが、同田貫上野介が鍛えた生茎、刃長2尺3寸3分の力強い打刀。2023年保存刀剣審査合格。
Certificate reading — 銘 九州肥後同田貫上野介
















備前伝 · 肥後 · 1596-1615頃
刀剣大鑑 上位77%
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備前伝 · 肥後
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同田貫は肥後国の菊池に室町末期から興り、新刀期に及んで活躍した一派である。説示は本派を九州肥後を代表する流派として位置づけ、その一門に正国・上野介・又八(又八左衛門)・正広・兵部・左馬介・国勝らの工があったことを伝える。年紀を備えた遺例には天正から慶長に跨がる作が見られ、上野介には慶長九年・慶長十六年八月吉日の銘があって、新古を跨ぐ形でこの工が活躍したことが知られる。正国の薙刀は桃山時代の製作と鑑せられ、刀身とほぼ同時期に誂えられた拵を伴う例もある。説示の伝える工と年紀からは、戦国末から江戸初頭にかけての肥後にあって、実用の需に応えた工房の姿がうかがえる。 作風は、身幅広く重ね厚く平肉の豊かな豪壮な造込みを基調とする。説示はこれを武骨な姿とも記し、鎬造の刀のほかに大身槍や大振りの薙刀の作例も数多く経眼されると述べる。鍛えは板目肌で、処々に流れ肌や杢目を交え、やや肌立ちごころとなり、地沸がつく。刃文はのたれを基調に小互の目・小丁子・小尖り刃などが交じり、足・葉がよく入り、匂口は締りがちで叢沸となり、飛焼や棟焼を見せ、金筋・砂流しの細かにかかる作がある。互の目乱れを主とする例や、正広の薙刀のように直刃を焼いて匂口の沈む作も伝えられ、一派のうちに振幅のあることが説示から読み取れる。見分けに当たっては、頑健な姿態と、匂口の締まった乱刃に叢沸・飛焼・棟焼の交じる地刃の様相が手がかりとなる。 伝承の面では、説示はこの派の刀の鋭利さが古くから賞讃され、実用刀として知られてきたことを繰り返し記す。代表工とされる上野介には、常に見る同派の作域よりも変化に富み野趣の感じられる作があり、沈みごころの地刃に渋い味わいの醸される一口が同工および同派を代表する出来として挙げられている。正国の薙刀は、地沸の微塵に厚くついた鍛えと、同派の常以上に明るく沸づいて刃中の頻りに働く刃文をもって秀作と評され、黒漆金蒔絵柄鞘薙刀拵を附帯する。又八の薙刀には匂口の締まった作に沸のつく一派の特色がよく示され、黒塗薙刀拵を伴う。資料は僅少ながら、これらの遺例は、肥後にあって頑健と切れ味を旨とした同田貫の性格を、刀・薙刀の双方に即して伝えるものといえる。
商品到着後7日以内※①商品に手を加えた場合、②海外取引の場合は返品不可となります。