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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 大坂新刀
  3. 真改

Osaka Shinkai

真改

特重
巻 13, 番 48 · 刀

Osaka Shinkai

真改

評価作品79点

国摂津時代Enpo (1673–1681)時代区分江戸流派Osaka Shinto伝法Shinto代1st刀工大鑑1,800(上位3%)種別刀工コードSHI977
1重要文化財
5重要美術品
4特別重要刀剣69重要刀剣

概要

井上真改は初代和泉守国貞、説明のいう親国貞の次男である。親国貞は堀川の流れを大坂に下して同地に一家を興した工で、子は通称を八郎兵衛といい、父の晩年その代作代銘に任じ、家督を相続して二代目を継ぎ、初め父同様に和泉守国貞と銘した。万治四年頃に朝廷より茎に菊紋をきることを許され、寛文十二年八月以降、真改と改めている。天和二年十一月急逝したという。説明はその鍛刀を父にまさるとし、大坂正宗の称を与える。継いだ初代とは精しく分かたれ、父が藤原姓を切ったのに対し、子は井上を冠して藤原を用いず、改名前の和泉守国貞銘の作を収集家は真改国貞とまとめる。

説明が繰り返し立ち返る手は直刃である。よくつんだ小板目肌の上に、中直刃が浅くのたれごころをおび、処々僅かに互の目を交え、匂は一際深く、小沸が厚くよくつき、刃中に金筋がさかんに入り砂流しがかかる。その結果を、説明は匂口明るく冴え、地刃ともに明るく冴えると記す。鑑者が特に挙げるのは沸の深さと地鉄の明るさで、ある刀を、真改が最も得意としたよくつんだ精美な地鉄、最も優品のある直刃仕立に沸匂が極めて深く金筋を入れた刃文と評する。説明の描くところは、まさにこの抑えた沸深き直刃であって、華やかな乱れ刃ではない。

その判断の礎は地鉄にある。鍛えは小板目がよくつみ、地沸が微塵に厚くつき、処々荒めの地沸をむらに交え、地景が細かにさかんに入り、かね冴える、いわゆる緻密で潤いある大坂地鉄である。刃は直ぐに焼き出してその上に浅いのたれをなし、足・葉入り、匂深く、物打辺に淡く棟焼を交え、帽子は直ぐに小丸となって先を掃きかける。説明はこの作域の意味を明言する。彼の作のうち、かくのごとき沸深く冴えるものこそ、「沸出来の作品の美しさを最もよくあらわしている」と。彼は説明のいう沸の名手である。

編年は銘そのものから読まれ、銘が時の標識となる。寛文十二年八月以前は和泉守国貞と銘し、以後は井上真改の四字を指表棟寄りに大振りに切り、裏に菊紋と草書の年紀を伴う。寛文十年紀の重要刀剣はなお和泉守国貞の長銘を切り、真改銘で延宝年間に年紀のある作の大半が本領に属する。その本領のうちに、説明は一つの作域を特記する。郷写し、すなわち最も尊んだ相州の名工郷義弘への意図的な写しである。これらは地刃の沸が常にも増して強く、匂が一段と深く、刃は処々角ばる大のたれに大互の目を交え、帽子は焼深く一枚風となって長く掃きかける。説明はある一口を「彼が最も得意とした郷写し」と名指し、「大磨上げ無銘の郷の刀の本歌があり、それを真改が写した」と読む。沸の妙味は彼の独壇場であり、真改の本領が余すところ無く表れる作はここにある。なお改名後は和泉守の受領名を切らないとされ、和泉守真改と銘した刀は長く保留されてきたが、研究は改名直後の貴重な一振と判じた。

説明は彼を、もう一人と並べて一門の頂に据える。大坂新刀の工のうち、「大阪新刀の中の両大関は助広と真改であり、前者は匂、後者は小沸に特に見事なものがある」と記す。その手本は称とは異なり正宗ならず、郷義弘にとられ、最も彼らしい作は沸深き直刃と郷写しである。盟友との分かれ目は刃文にある。津田助広が波濤の濤瀾刃を創始したのに対し、真改はそれを一切焼かず、説明が両工を並べるときは対比して、真改の明るい直刃と浅いのたれを助広の濤瀾に対置する。その匂深き沸出来の作は、説明のいうとおり助広の濤瀾乱れとともに後世の刀鍛冶に大きな影響を及ぼしている。

当代の工中の最上作で、その名を負う指定は重い。重要文化財一口、特別重要刀剣四口に重要刀剣六十七口、特別重要・重要の級を併せて七十一口、指定を受けた作は七十七口を数える。国宝はない。その記録は終始在銘で、謎ではなく裏付けある手であり、公の指定作七十七口は銘を負う。録された来歴は近代の名だたる蔵家を経る。延宝三年紀の刀は明治・大正の目利の愛刀家として聞えた谷干城将軍の旧蔵であり、ほかに伊藤与三郎・住吉朝太郎・大友常太郎・兵庫の伊藤文一・青山家の手を経た作があり、ある郷写しを説明は「重要文化財に指定されているものに次ぐ」と評する。私の蒐集家が現実に出会いうるのは特別重要・重要の作で、所在の知られるものが相応に遺るが、市に現れることは稀で、延宝本領の在銘年紀菊紋の真改は、現れれば一頭地を抜く出来事である。

鑑定

説明が銘そのものから読む編年。改名前の和泉守国貞銘の期、収集家のいう真改国貞、すなわち若打・初期作と、寛文十二年以降の改名後の真改本領、大坂正宗の明るい直刃と浅いのたれの作域。これに直交して説明が特記する二つの register、郷義弘に範をとった郷写しと、父のための代作代銘が立つ。茎の菊紋は花芯の形が年ごとに変わり、編年を定める

井上真改は日向の人で、初代和泉守国貞、いわゆる親国貞の次男にしてその継承者である。親国貞は堀川の流れを大坂に移した工で、真改は越後守国儔の門に学び、父の晩年にはその代作代銘に任じ、家督相続後ははじめ父同様に和泉守国貞と銘した。万治四年頃に朝廷より茎に菊紋をきることを許され、寛文十二年八月から名を真改と改め、天和二年に急逝した。説明はその鍛刀を父にまさるとし、大坂正宗の称を与える。見どころは相伴って立つ。よくつんだ小板目肌、すなわち緻密な大坂地鉄に、地沸が微塵に厚くつき地景の入る鍛え、直刃が浅くのたれてゆく明るく冴えた匂口、匂深く小沸厚く、刃中に金筋・砂流しの入る刃。沸の名手とされ、津田助広と並んで大坂新刀の双璧、当代の両大関に数えられるが、助広が波濤の濤瀾刃を創始したのに対し、真改はそれを一切焼かない。その本領は明るい広直刃と、正宗ならぬ郷義弘に範をとった相州伝風ののたれにある。銘の和泉守国貞(寛文十二年以前)と真改(以後)が、作の前後を分かつ。

鑑定の決め手

直刃は刃文section の65%に現れ、助広の60%を上回り、のたれは81%に立つ。説明は真改の直刃を助広の直刃と並べて大坂の双璧とし、その差を真改の匂深く小沸厚き点、助広の沸が小粒で揃う点に読む

助広の濤瀾刃(彼の創始)にはない特徴

大坂正宗

作品の16%

真改国貞

作品の65%

作風の変遷

真改国貞の改名前期(和泉守国貞銘、寛文十二年まで)

改名以前の和泉守国貞銘の作。説明は銘そのもので父と分かつ。子は父の用いた藤原姓を切らず井上を冠し、この一群を真改国貞と称する。国貞銘期の短刀はやや小振りで反りの高いのが見どころとされる

寛文十二年以前は父同様に和泉守国貞と銘し、収集家はこれを真改国貞の名でまとめる。若打・初期作と読まれ、覇気に富む。鍛えはすでに父にまさるとされ、よくつんだ小板目に地沸つき地景の入る地鉄である。その上に直刃が浅くのたれて互の目を交える刃を焼き、匂深く小沸よくつき、匂口は明るい。説明は銘を親国貞と精しく分かち、子は藤原姓を用いず井上を冠すること、国貞銘期の短刀は父のものよりやや小振りで反りが高いことを記す。この期は編年の標識であり、国貞銘の作は定義上寛文十二年以前である。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

真改本領、大坂正宗(寛文十二年〜天和、corpus の大半)

改名後の井上真改四字銘に菊紋と裏年紀を伴う作。延宝年間の密な編年。身幅広く反り浅く中鋒の江戸前期の刀姿

寛文十二年から井上真改の四字銘を切り、裏に菊紋と年紀を伴って、作風は延宝年間に頂に達する。よくつんだ小板目、すなわち緻密な大坂地鉄に、地沸が微塵に厚くつき地景の入る地鉄の上に、明るい直刃が浅くのたれて僅かに互の目を交える刃を焼く。匂最も深く、小沸厚く、金筋・砂流しがかかり、匂口は明るく冴える。帽子は直ぐに小丸、先掃きかける。鑑者は彼を沸の名手と呼び、鍛刀を父にまさるとし、明るく沸の深い相州伝風の手に大坂正宗の称を与える。説明は、正宗よりもむしろ郷義弘に範をとったと加える。姿は身幅広い江戸前期の刀体で、反り浅く中鋒。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
大坂正宗
帽子 Bōshi

郷写しの作域(郷義弘に範をとる、直交の register)

説明が郷義弘への意図的な写しと読む作。最も尊んだ相州の名工で、これらは常にも増して地刃の沸が強く、匂が一段と深く、帽子は焼深く一枚風となって先を掃きかける

直刃の本領の傍らに、説明は郷写しを特記する。郷義弘への意図的な写しで、鑑者はこれを彼が最も得意とし最もよく実現した作とする。これらは地刃の沸が常にも増して強く、匂が一段と深く、刃は処々角ばる大のたれに互の目・大互の目を交え、帽子は焼深く一枚風となって長く掃きかける。特別重要の傑作がここに属し、鑑者はこれを沸出来の美しさが余すところなく現れる作域と呼び、沸の妙美を彼の独壇場とする。大磨上無銘の郷を本歌とし、真改がそれを写したと読まれる。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

経歴は説明のほぼ定型句である。初代国貞の次男、通称八郎兵衛、父の晩年その代作代銘に任じ、万治四年頃に菊紋を賜わり、寛文十二年八月から真改と改め、天和二年に急逝す。

銘は親国貞と精しく分かたれる。父が藤原姓を切ったのに対し、子は井上を冠して藤原を用いず、改名前の一群を収集家は真改国貞とまとめる。

その手本は正宗ならぬ郷義弘に読まれる。明るく沸深い手に大坂正宗と称されながら、説明は郷を手本としたとし、最もよく実現した作は郷写しである。

真改改名後は和泉守の受領名を切らないとされ、和泉守真改と銘した刀は長く保留されてきたが、研究の結果は改名直後の貴重な一振と判じた。

指定

国宝—
重要文化財1
重要美術品5
御物—
特別重要刀剣4
重要刀剣69

名工ランク

0.35 (指定作品79点)

刀工の上位7%

伝来

伝来記録6件 の鑑定作品における Shinkai

伝来ランク

名家所蔵0点、伝来記録6件

刀工の上位48%

素点:2.00 / 10

刀姿

評価作品79点の分布

銘

評価作品79点の銘の種類

販売中

系譜

Shinkai
弟子(5名)
  1. 1.貞則Sadanori3指定
  2. 2.治國Harukuni1 販売中
  3. 3.國富Kunitomi
  4. 4.國虎Kunitora3指定
  5. 5.真了Shinryo2 販売中1指定

Osaka Shinto派

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  7. 7.貞則Sadanori3指定
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