本作は赤坂三代の作と鑑せられる、鉄地丸形の秀逸な鐔です。日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の保存刀装具鑑定書において「赤坂」と極められており、同派特有の力強く豪放な美意識が遺憾なく発揮されています。 透かしの意匠は「糸巻」を図案化したもので、糸巻に姿を変えた乙女の伝承を想起させます。繊細さに流れることなく、力強い造形によって物語性を内包させている点が極めて巧妙です。肉厚で堅牢な地鉄は、初期赤坂派の巨匠たちが誇る、迷いのない鍛錬の跡を今に伝えています。 特筆すべきは、切羽台の周囲や透かしの縁に見られる、極めて鮮明な「鉄骨(てっこつ)」です。鋭く浮き出た鉄骨は、作者の卓越した技量と、強靭な鍛えに対する強い自負を象徴しています。これほど見事な鉄骨が表れていることから、武骨さと質の高さを重んじる武士による特注品であった可能性も十分に考えられます。 簡潔な構成ながらも、円形の内に収められた糸巻の曲線は優美で均衡が取れており、赤坂伝の真髄である「剛毅木訥」な精神性と、鉄という素材に対する深い理解が感じられます。 銘:無銘(赤坂) 寸法:77.2 mm × 78.8 mm 厚さ:7.2 mm(耳際 6.6 mm) 重量:125.8 g 鑑定:日本美術刀剣保存協会 保存刀装具鑑定書 附
Certificate reading — 無銘(赤坂)








赤坂派
early Edo (c. 1620)
無銘
保存 (NBTHK)
鐔工 · Edo
現在79点販売中
赤坂鐔は、江戸時代の初頭に京都から江戸赤坂に移住し、以後幕末まで栄えた鐔工の一派である。初代の庄左衛門忠正は寛永から明暦にかけて活躍したと伝えられ、文政年間に子孫の忠時が幕府に提出した由緒書には、初代忠正が明暦三年(一六五七)に歿し、二代忠正が延宝五年(一六七七)に歿したと記されている。初代忠正、二代忠正、三代忠虎の所謂「上三代」の古赤坂には在銘作が確認されておらず、後代の極めに委ねられているのが実情である。元禄頃の四代忠時になって「武州住赤坂彦十郎忠時作」[[c:2]]銘をはじめとして在銘作が現れ、以後九代まで嫡流は忠時を名乗った。嫡流のほか、四代忠時に入門した太右衛門忠重が別系を立て、その嫡男忠好もまた赤坂派の一人として鐔作を残している。 鉄の地透鐔工として赤坂派は京・尾張・肥後などと共に高名であり、同派の鉄の鍛えには三枚合わせと称される合わせ鍛えのものが見られる。画題には自然の風物・故事等を凝らした意匠を以て表したものが多く、鉢の木・時雨亭・武蔵野・蟷螂・風竹・輪違・老松などが初代以来の得意とする意匠として知られる。造込みは肉置きが中高となり、透かしの繋ぎが耳際で広くなって安定感があり、耳は丸耳となるのが通例である。切羽台の上部が尖りごころとなる点、笄櫃孔が小柄櫃孔に比して小さめとなる造りは初・二代に顕著な見処として繰り返し指摘される。古い赤坂鐔の造り込みは落ち着いた槌目仕立で、力強い丸耳を備え、文様がシンメトリーにとらわれず自由な気風と手強さがあり、地透しの彫に尖った独特の鋭さがある。その作風には京透と尾張透の影響が感知されるとともに、古正阿弥の影響も窺われ、これらを融合して江戸独自の透鐔の様式を確立した。彫りの内側に顕著に表れた筋状の合わせ鍛え目や耳に見られる縞状の鉄骨には古様がよく示され、品位風格を一段と高めている。 赤坂鐔の見どころの一つに構図の斬新さがあり、その点で最も賞賛されるのが太右衛門忠重である。晩年は「行年八十四才・忠重作」[[c:5]]銘が知られる長寿の人で、技術も江戸中期以降の赤坂鐔工中「屈指の上手」と称えられた。忠重は特に意匠が優れており、尾形光琳の文様意匠を採り入れるなど進取の気性に富み、老松の大小二本の枝振りに三階松風の意匠を配した代表作は「肥後鐔にも見られない忠重の独創」[[c:6]]と評される。彫口は鋭く、鍛えは上々で鉄に艶があり、耳際の肉を落とした肉置きは忠重の特色をよく示している。また肥後の勘四郎を手本としつつさらに新味を加えた斬新な構図にも、赤坂の伝統を継承しつつ独自の境地を拓いた忠重の力量が窺える。古赤坂の堂々たる気韻から忠重・忠好の粋な透しに至るまで、赤坂派は「粋な透しを本領とした」[[c:7]]鐔工の系譜として、鉄透鐔の一大伝統を築き上げた。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト14-day return window in original/unused condition; antique items (swords, menuki, tsuba and similar) are expressly excluded from exchange; EU consumers retain a 14-day cancellation right; refunds within 10 business days of approval.
本作は赤坂三代の作と鑑せられる、鉄地丸形の秀逸な鐔です。日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の保存刀装具鑑定書において「赤坂」と極められており、同派特有の力強く豪放な美意識が遺憾なく発揮されています。 透かしの意匠は「糸巻」を図案化したもので、糸巻に姿を変えた乙女の伝承を想起させます。繊細さに流れることなく、力強い造形によって物語性を内包させている点が極めて巧妙です。肉厚で堅牢な地鉄は、初期赤坂派の巨匠たちが誇る、迷いのない鍛錬の跡を今に伝えています。 特筆すべきは、切羽台の周囲や透かしの縁に見られる、極めて鮮明な「鉄骨(てっこつ)」です。鋭く浮き出た鉄骨は、作者の卓越した技量と、強靭な鍛えに対する強い自負を象徴しています。これほど見事な鉄骨が表れていることから、武骨さと質の高さを重んじる武士による特注品であった可能性も十分に考えられます。 簡潔な構成ながらも、円形の内に収められた糸巻の曲線は優美で均衡が取れており、赤坂伝の真髄である「剛毅木訥」な精神性と、鉄という素材に対する深い理解が感じられます。 銘:無銘(赤坂) 寸法:77.2 mm × 78.8 mm 厚さ:7.2 mm(耳際 6.6 mm) 重量:125.8 g 鑑定:日本美術刀剣保存協会 保存刀装具鑑定書 附
Certificate reading — 無銘(赤坂)








赤坂派
early Edo (c. 1620)
無銘
保存 (NBTHK)
鐔工 · Edo
現在79点販売中
赤坂鐔は、江戸時代の初頭に京都から江戸赤坂に移住し、以後幕末まで栄えた鐔工の一派である。初代の庄左衛門忠正は寛永から明暦にかけて活躍したと伝えられ、文政年間に子孫の忠時が幕府に提出した由緒書には、初代忠正が明暦三年(一六五七)に歿し、二代忠正が延宝五年(一六七七)に歿したと記されている。初代忠正、二代忠正、三代忠虎の所謂「上三代」の古赤坂には在銘作が確認されておらず、後代の極めに委ねられているのが実情である。元禄頃の四代忠時になって「武州住赤坂彦十郎忠時作」[[c:2]]銘をはじめとして在銘作が現れ、以後九代まで嫡流は忠時を名乗った。嫡流のほか、四代忠時に入門した太右衛門忠重が別系を立て、その嫡男忠好もまた赤坂派の一人として鐔作を残している。 鉄の地透鐔工として赤坂派は京・尾張・肥後などと共に高名であり、同派の鉄の鍛えには三枚合わせと称される合わせ鍛えのものが見られる。画題には自然の風物・故事等を凝らした意匠を以て表したものが多く、鉢の木・時雨亭・武蔵野・蟷螂・風竹・輪違・老松などが初代以来の得意とする意匠として知られる。造込みは肉置きが中高となり、透かしの繋ぎが耳際で広くなって安定感があり、耳は丸耳となるのが通例である。切羽台の上部が尖りごころとなる点、笄櫃孔が小柄櫃孔に比して小さめとなる造りは初・二代に顕著な見処として繰り返し指摘される。古い赤坂鐔の造り込みは落ち着いた槌目仕立で、力強い丸耳を備え、文様がシンメトリーにとらわれず自由な気風と手強さがあり、地透しの彫に尖った独特の鋭さがある。その作風には京透と尾張透の影響が感知されるとともに、古正阿弥の影響も窺われ、これらを融合して江戸独自の透鐔の様式を確立した。彫りの内側に顕著に表れた筋状の合わせ鍛え目や耳に見られる縞状の鉄骨には古様がよく示され、品位風格を一段と高めている。 赤坂鐔の見どころの一つに構図の斬新さがあり、その点で最も賞賛されるのが太右衛門忠重である。晩年は「行年八十四才・忠重作」[[c:5]]銘が知られる長寿の人で、技術も江戸中期以降の赤坂鐔工中「屈指の上手」と称えられた。忠重は特に意匠が優れており、尾形光琳の文様意匠を採り入れるなど進取の気性に富み、老松の大小二本の枝振りに三階松風の意匠を配した代表作は「肥後鐔にも見られない忠重の独創」[[c:6]]と評される。彫口は鋭く、鍛えは上々で鉄に艶があり、耳際の肉を落とした肉置きは忠重の特色をよく示している。また肥後の勘四郎を手本としつつさらに新味を加えた斬新な構図にも、赤坂の伝統を継承しつつ独自の境地を拓いた忠重の力量が窺える。古赤坂の堂々たる気韻から忠重・忠好の粋な透しに至るまで、赤坂派は「粋な透しを本領とした」[[c:7]]鐔工の系譜として、鉄透鐔の一大伝統を築き上げた。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト14-day return window in original/unused condition; antique items (swords, menuki, tsuba and similar) are expressly excluded from exchange; EU consumers retain a 14-day cancellation right; refunds within 10 business days of approval.