縁頭 銘:如竹(残念ながら偽銘と思われます) 村上派の作風をよく表した、出来の優れた一品です。 一見すると蛾のようにも見えますが、資料によっては蝶の図とされています。 赤銅地に四分一を象嵌し、さらにその上に赤銅の平象嵌を施しています。 随所に金の色絵が加えられ、華やかさを添えています。 寸法: 縁:38 mm x 22 mm x 13 mm 頭:34 mm x 17 mm x 8 mm










村上
江戸
偽銘
町彫 · 1670頃
現在4点販売中
村上如竹は、江戸時代後期に武陽(武蔵国)江戸の芝に居住した金工である。天明頃の生まれで、名は仲矩、のちに光則とも銘し、歓笙堂と号した。元来は鐙の象嵌工であったと伝えられ、後に金工に転じたという経歴を持つ。師伝は明らかではないが、既存の流派に属さず、独自の作風を確立したと考えられている。
如竹の作風は、魚貝類、蝶、蝉、蜻蛉などの虫類、猫などの動物を題材とした大模様の図案的な据文象嵌に特色がある。特に、高肉象嵌で大きく図案風にあらわしたものが多く、それらの一部に漆芸の埋物のように蝶貝・珊瑚などを嵌入して彩色効果を高め、変化を求めている点が特徴として挙げられる。地鉄は赤銅縮緬石目地を特技とし多用するが、魚子地も見られ、魚子地の作品は入念作であり品格も高いとされる。象嵌においては、金、銀、赤銅、四分一、素銅、緋色銅など多彩な色金を駆使し、平象嵌と据文を組み合わせることで、写実的でありながらも装飾性の高い表現を追求した。また、初期銘である仲矩銘の作品も見られ、作風の変遷を知る上で貴重である。
如竹の作品は、大胆な構図と卓越した技術によって評価が高い。特に、据文象嵌の技量、青貝嵌入による彩色、写実に徹した鏨さばきは、他の追随を許さないと評される。その作風は個性的であり、文様を大きく大胆に据文にし、種々の色がねを用い、更に青貝や珊瑚等をも嵌入して一段と装飾性を高めている。恵比寿大黒天を画題とした留守模様の鐔など、富裕な商家の注文によると思われる作品も存在し、当時の社会情勢や信仰との関わりを示す資料としても重要である。総じて、如竹は江戸金工において独自の地位を築き、後世に大きな影響を与えた名工として位置づけられる。
如竹の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫
現在13点販売中
村上派は、江戸の芝に居住した村上如竹(歓笙堂)を祖とする町彫の一門である。如竹は天明頃(1781〜1789)を中心に江戸時代中期から後期にかけて活躍し、名をはじめ仲矩、のち光則とも銘した。説示が一貫して伝えるところによれば、如竹は「元来鐙の象嵌工の出身」[[c:2]]であり、のちに金工に転じた。ある説示では「別に師は求めなかった様である」[[c:3]]と記され、独自の道を歩んだ工人であったことが窺える。鐙象嵌という、鉄地に精密な金属嵌入を施す技術的素地が、のちの村上派を特徴づける据文象嵌・平象嵌の卓越した技法の基盤となった。如竹のもとには一門が形成され、その中で最も有力な存在が正則である。正則は通称を唯七といい、如竹の実弟と伝えられる。如竹一門の多くがその名乗りに「如」の字を用いる中、正則は例外であり、その銘字も他工に見られるような草体にくずれたところがなく楷書風に切られている点が特徴的である。 村上派の作風は、据文象嵌と平象嵌の二つの工法を根幹とし、大胆かつ図案風の構図を最大の特色とする。地金には赤銅の縮緬石目地を最も多用し、この独特の縮れた石目が一門の標識ともいえる意匠的基盤を成している。魚子地の作品も僅かながら存在し、説示はそれらが「何れも入念作であり品格も高い」[[c:4]]と評する。画題は自然界から広く採られ、鯛・烏賊・鮫・白魚などの魚貝類、蝶・蜻蛉・蝉などの虫類、猫や虎などの動物を、高肉象嵌で大きく図案風にあらわす。金・銀・四分一・素銅・赤銅・緋色銅による多彩な色絵を施すとともに、漆芸の埋物のように蝶貝・珊瑚・青貝・ガラスなどの非金属素材を嵌入して彩色効果を高め、変化を求めている点が際立つ。螺鈿・七宝・ガラスの加飾によって「新機軸を樹立した」[[c:5]]と説示が繰り返し称えるこの手法は、金工と漆芸・工芸装飾の境界を越えた独創的な美意識の所産である。目の表現にも一門の個性が顕著であり、赤銅の目玉に貝を嵌入し、さらにガラスで覆う手法や、虎図においては水晶を嵌め込んで鋭い眼光を表現する技巧が見られる。恵比須天や恵比須大黒の留守模様——主人公を描かず、鯛・釣竿・目無籠・打出の小槌といった持物のみを配して神を想像させる意匠——は一門の主要な画題をなし、耳に「寿」の文字を金・銀・赤銅で平象嵌する吉祥的趣向としばしば組み合わされる。 村上派は、江戸時代町彫の系譜において極めて個性的な位置を占める一門である。説示は如竹の作風を「極めて個性的」と評し、据文象嵌に螺鈿やガラスなどを組み合わせた「新機軸」が金工の装飾美を新たな次元に押し上げたことを繰り返し強調する。如竹の得意とした虎の描写は、毛並みや鋭い眼光に至るまで力強く表現されて「生気に満ち」、「如竹ならではの高い技巧が堪能できる」[[c:6]]と称される。青貝象嵌については「他工の追随を許さない」[[c:7]]という最大級の賛辞が与えられている。中国故事人物——三国志の諸葛亮孔明や関羽——を題材とした作品では、「隅々にまで力の漲った彫口と巧みな色使いは、凡工の遠く及ぶところではない」[[c:8]]と評価され、大胆にして繊細な意匠と高い技術の結実が認められている。正則もまた「大胆な構図と力強い彫口は、兄に優るとも劣らぬ出来映え」[[c:9]]を示し、一門の技芸の水準の高さを裏づけている。村上派の指定作品群は、金工の領域にありながら漆芸・ガラス・貝といった工芸的素材を自在に融合させ、「より工芸的な美の表現」[[c:10]]を追求した稀有な工房の営みを今に伝えている。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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縁頭 銘:如竹(残念ながら偽銘と思われます) 村上派の作風をよく表した、出来の優れた一品です。 一見すると蛾のようにも見えますが、資料によっては蝶の図とされています。 赤銅地に四分一を象嵌し、さらにその上に赤銅の平象嵌を施しています。 随所に金の色絵が加えられ、華やかさを添えています。 寸法: 縁:38 mm x 22 mm x 13 mm 頭:34 mm x 17 mm x 8 mm










村上
江戸
偽銘
町彫 · 1670頃
現在4点販売中
村上如竹は、江戸時代後期に武陽(武蔵国)江戸の芝に居住した金工である。天明頃の生まれで、名は仲矩、のちに光則とも銘し、歓笙堂と号した。元来は鐙の象嵌工であったと伝えられ、後に金工に転じたという経歴を持つ。師伝は明らかではないが、既存の流派に属さず、独自の作風を確立したと考えられている。
如竹の作風は、魚貝類、蝶、蝉、蜻蛉などの虫類、猫などの動物を題材とした大模様の図案的な据文象嵌に特色がある。特に、高肉象嵌で大きく図案風にあらわしたものが多く、それらの一部に漆芸の埋物のように蝶貝・珊瑚などを嵌入して彩色効果を高め、変化を求めている点が特徴として挙げられる。地鉄は赤銅縮緬石目地を特技とし多用するが、魚子地も見られ、魚子地の作品は入念作であり品格も高いとされる。象嵌においては、金、銀、赤銅、四分一、素銅、緋色銅など多彩な色金を駆使し、平象嵌と据文を組み合わせることで、写実的でありながらも装飾性の高い表現を追求した。また、初期銘である仲矩銘の作品も見られ、作風の変遷を知る上で貴重である。
如竹の作品は、大胆な構図と卓越した技術によって評価が高い。特に、据文象嵌の技量、青貝嵌入による彩色、写実に徹した鏨さばきは、他の追随を許さないと評される。その作風は個性的であり、文様を大きく大胆に据文にし、種々の色がねを用い、更に青貝や珊瑚等をも嵌入して一段と装飾性を高めている。恵比寿大黒天を画題とした留守模様の鐔など、富裕な商家の注文によると思われる作品も存在し、当時の社会情勢や信仰との関わりを示す資料としても重要である。総じて、如竹は江戸金工において独自の地位を築き、後世に大きな影響を与えた名工として位置づけられる。
如竹の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫
現在13点販売中
村上派は、江戸の芝に居住した村上如竹(歓笙堂)を祖とする町彫の一門である。如竹は天明頃(1781〜1789)を中心に江戸時代中期から後期にかけて活躍し、名をはじめ仲矩、のち光則とも銘した。説示が一貫して伝えるところによれば、如竹は「元来鐙の象嵌工の出身」[[c:2]]であり、のちに金工に転じた。ある説示では「別に師は求めなかった様である」[[c:3]]と記され、独自の道を歩んだ工人であったことが窺える。鐙象嵌という、鉄地に精密な金属嵌入を施す技術的素地が、のちの村上派を特徴づける据文象嵌・平象嵌の卓越した技法の基盤となった。如竹のもとには一門が形成され、その中で最も有力な存在が正則である。正則は通称を唯七といい、如竹の実弟と伝えられる。如竹一門の多くがその名乗りに「如」の字を用いる中、正則は例外であり、その銘字も他工に見られるような草体にくずれたところがなく楷書風に切られている点が特徴的である。 村上派の作風は、据文象嵌と平象嵌の二つの工法を根幹とし、大胆かつ図案風の構図を最大の特色とする。地金には赤銅の縮緬石目地を最も多用し、この独特の縮れた石目が一門の標識ともいえる意匠的基盤を成している。魚子地の作品も僅かながら存在し、説示はそれらが「何れも入念作であり品格も高い」[[c:4]]と評する。画題は自然界から広く採られ、鯛・烏賊・鮫・白魚などの魚貝類、蝶・蜻蛉・蝉などの虫類、猫や虎などの動物を、高肉象嵌で大きく図案風にあらわす。金・銀・四分一・素銅・赤銅・緋色銅による多彩な色絵を施すとともに、漆芸の埋物のように蝶貝・珊瑚・青貝・ガラスなどの非金属素材を嵌入して彩色効果を高め、変化を求めている点が際立つ。螺鈿・七宝・ガラスの加飾によって「新機軸を樹立した」[[c:5]]と説示が繰り返し称えるこの手法は、金工と漆芸・工芸装飾の境界を越えた独創的な美意識の所産である。目の表現にも一門の個性が顕著であり、赤銅の目玉に貝を嵌入し、さらにガラスで覆う手法や、虎図においては水晶を嵌め込んで鋭い眼光を表現する技巧が見られる。恵比須天や恵比須大黒の留守模様——主人公を描かず、鯛・釣竿・目無籠・打出の小槌といった持物のみを配して神を想像させる意匠——は一門の主要な画題をなし、耳に「寿」の文字を金・銀・赤銅で平象嵌する吉祥的趣向としばしば組み合わされる。 村上派は、江戸時代町彫の系譜において極めて個性的な位置を占める一門である。説示は如竹の作風を「極めて個性的」と評し、据文象嵌に螺鈿やガラスなどを組み合わせた「新機軸」が金工の装飾美を新たな次元に押し上げたことを繰り返し強調する。如竹の得意とした虎の描写は、毛並みや鋭い眼光に至るまで力強く表現されて「生気に満ち」、「如竹ならではの高い技巧が堪能できる」[[c:6]]と称される。青貝象嵌については「他工の追随を許さない」[[c:7]]という最大級の賛辞が与えられている。中国故事人物——三国志の諸葛亮孔明や関羽——を題材とした作品では、「隅々にまで力の漲った彫口と巧みな色使いは、凡工の遠く及ぶところではない」[[c:8]]と評価され、大胆にして繊細な意匠と高い技術の結実が認められている。正則もまた「大胆な構図と力強い彫口は、兄に優るとも劣らぬ出来映え」[[c:9]]を示し、一門の技芸の水準の高さを裏づけている。村上派の指定作品群は、金工の領域にありながら漆芸・ガラス・貝といった工芸的素材を自在に融合させ、「より工芸的な美の表現」[[c:10]]を追求した稀有な工房の営みを今に伝えている。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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