説明

一ノ谷合戦図鐔 無銘 -Mumei- 縦81.1ミリ 横75.6ミリ 切羽台厚4.4ミリ 重さ125.3グラム 江戸中期 The middle period of Edo era 附属 桐箱 鉄地に金覆輪を施した大型の鐔で、源平合戦の名場面として知られる一ノ谷合戦を題材とした作です。重厚な鉄地に華やかな金覆輪を巡らせることで格調高い姿にまとめられており、武家が好んだ歴史画題の世界を力強く表現しています。 合戦の情景が巧みに配され、表の右下には源氏方の武将である熊谷次郎直実、下中央には平家の若武者として名高い平敦盛が表されています。両者は『平家物語』に語られる悲劇的な逸話によって広く知られ、武勇と無常を象徴する人物として古くから刀装具の画題にも取り上げられてきました。本作もまた、その物語性豊かな場面を鐔上に凝縮したものです。 よく鍛えられた地鉄には細部に渡って物語絵巻を見るかのような趣向が凝らされ、限られた画面の中に戦場の緊張感と人物の存在感が巧みに表現されています。 耳に巡らされた金覆輪は単なる装飾に留まらず、画面全体を引き締める役割を果たしており、鉄地の渋い風合いとの対比によって意匠を一層際立たせています。実用刀装具としての堅牢さと鑑賞品としての華やかさを兼ね備えた点も見所です。 源平盛衰の歴史を象徴する一ノ谷合戦を題材とし、力強い鉄味と格調高い金覆輪によってまとめられた本作は、武家文化への憧憬と歴史への敬意を今に伝える優品であり、物語性豊かな画題を味わうことのできる見応えある一枚です。

一ノ谷合戦図鐔 無銘

一ノ谷合戦図鐔 無銘

¥297,000

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時代

Edo

流派について

Hikone School彦根派

彦根派は、近江国彦根に興った刀装具の一流派であり、その彫法は世に彦根彫の名をもって知られる。開祖は藻柄子入道宗典で、『装剣奇賞』によれば元来は京都の出身と伝えられ、後に江州彦根に移住して彦根彫の祖となったという。彦根御家中川北氏の抱え工となり、氏を喜多川(喜多河)と改め、初銘を秀典と称した。同名二代があるといい、現存する行年紀作などから初代は承応元年に生まれたことが知られ、その活躍期は江戸時代前期から中期にかけてである。美濃彫の流れを汲むとも伝えられ、作風に後藤風、美濃風が見られるとする見解もある。宗典の門からは野村包教をはじめとする有力な作者が輩出し、包教は宗典門第一の上手と称され、同派の有力な分派として独自の地位を確立した。 作風は、鉄地または赤銅魚子地を用い、鋤出高彫に金・銀・赤銅・素銅などの各種の色金を駆使した象嵌色絵をもって飾るものが多い。たっぷりとした地の表裏画面一杯に主題を肉置き豊かな高彫で表し、各種の色金にかつ金の種類をも複数使用して、壮大な画面に仕立てる点に大きな特色がある。題材は武者、竹林の七賢、花鳥、藻貝尽くし、唐人物、群仙図、十二支など多岐にわたり、また『源氏物語』の「明石」や『小督』の物語に取材した作例も見られる。賑やかに華やかに展開する様はまさに宗典の真骨頂であり、その彫口はおおらかでゆったりとしており、観る者を幽玄の世界に誘うと評される。包教もまた、大胆な構成力と繊細な色がね象嵌をもって画面を広く使い物語を演出し、師の作風を継承しつつ独自の魅力を加えた。 彦根派の作は、その濃密な彫法によって名を馳せ、宗典は代表工として多くの鐔好きを魅了した。ともすれば賑々しい鐔は行き過ぎの感を否めないこともあるが、宗典の手にかかると不思議と行き過ぎ感がないばかりか、品格をも兼ね備えた豪華な優鐔となる。包教の作もまた、師である宗典の傑作に勝るとも劣らない出来と評され、その白眉と見られる一枚も伝えられている。一方、宗典の名はあまりにも有名であったために、後代の彦根彫の作品に宗典の刻銘が多用され、土産物といわれる粗悪な作品にまで刻銘されているのが現実である。それゆえ真作においては、賑々しい作柄に品格を兼ね備えた豪華な優鐔が多く、行年銘が貴重であり、保存状態が良いことも好ましい評価の点とされる。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥297,000

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