応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
重要刀剣 日本刀 脇差 銘 相州住正広(日本美術刀剣保存協会 重要刀剣指定品) 【解説】 概要 本作は「相州住正広」と銘のある一振りです。相州とは現在の神奈川県にあたる相模国の別称であり、「相州住」はその地に居住していたことを意味します。記録によれば、正広の名は南北朝時代から室町時代後期(14世紀半ば〜16世紀後半)にかけて四、五代にわたり受け継がれました。本作の作域から、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、その製作年代を室町中・後期の宝徳から寛正年間(1449-1466年)頃と鑑定しています。 初代正広は、日本刀工史上最も著名な名工の一人である正宗の門人と伝えられています。一説には、後代の正広が小田原城主・北条氏綱に仕えた際、主君より「綱」の一字を賜り、名を「綱廣」と改めたとされています。戦国時代、正広は高まる武器需要に応え、多くの優れた刀剣を鍛え上げました。正広は、正宗、貞宗、広光らと並び、相州伝の奥義を極めた名工として知られています。本作の見どころは、刃文が平地全体に広がる華やかな「皆焼(ひたつら)」にあり、相州伝の真髄を遺憾なく発揮しています。 相州伝 相州(現在の神奈川県)に居住した刀工たちは、「相州伝」と呼ばれる独自の伝法を確立しました。また、島田派などの諸派もこの伝法を継承しています。 相州伝は鎌倉時代中期(13世紀半ば)に誕生しました。当時、大和伝や山城伝はすでに高い技術を誇り、多くの名工を輩出していましたが、相州を含む関東地方における作刀技術は未だ発展途上にありました。 1185年に成立した鎌倉幕府の初期において、初代将軍・源頼朝は政治的安定のための体制整備を優先しており、お抱えの刀工を育成する余裕がありませんでした。そのため、幕府は当初、大和や山城といった他国の刀工に武器の発注を行っていました。 しかし、幕府の確立とともに鎌倉武士の間で武器の需要が飛躍的に高まり、自国での供給体制が急務となりました。そこで五代執権・北条時頼は、山城国から粟田口国綱、備前国から備前三郎国宗という二人の名工を招聘しました。さらに七代将軍・惟康親王も、備前より福岡一文字助真を招き入れました。 これら三名の名工が相州伝の基礎を築く上で重要な役割を果たしたと言われています。また、相州伝の確立に欠かせない人物が、粟田口国綱の養子とされる新藤五国光です。国光はその卓越した技術を弟子の行光に伝え、さらにその門下から、日本刀の代名詞とも言える正宗が登場しました。正宗によって完成された相州伝は全国にその名を轟かせ、後の古刀期から新刀期にかけて、大坂の井上真改や江戸の水心子正秀など、多くの名工たちに多大な影響を与えました。 彫物 本作の身幅には、精緻な彫物が施されています。内容は「草倶利伽羅剣(くさくりからけん)」、「独鈷(どっこ)」、「蓮台(れんだい)」、そして「梵字」であり、これらはいずれも仏教、特に密教に深く関連する意匠です。 倶利伽羅とは、仏教の信仰対象である不動明王が右手に持つ剣を指します。不動明王は、密教の本尊である大日如来の化身であるとされています。
相州正広の作である。正広は貞治の年紀のあるものを初代として、室町末まで四、五代続いている。各代の区別は明 らかでないが、この脇指はほぼ宝徳・康正頃の作と鑑せられる。 地刃の出来が優れ、彫物も見事で、室町時代の相州物の 典型的一口である。





























相州正広の作である。正広は貞治の年紀のあるものを初代として、室町末まで四、五代続いている。各代の区別は明 らかでないが、この脇指はほぼ宝徳・康正頃の作と鑑せられる。 地刃の出来が優れ、彫物も見事で、室町時代の相州物の 典型的一口である。
相模 · 1452-1455頃
刀剣大鑑 上位49%
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
重要刀剣 日本刀 脇差 銘 相州住正広(日本美術刀剣保存協会 重要刀剣指定品) 【解説】 概要 本作は「相州住正広」と銘のある一振りです。相州とは現在の神奈川県にあたる相模国の別称であり、「相州住」はその地に居住していたことを意味します。記録によれば、正広の名は南北朝時代から室町時代後期(14世紀半ば〜16世紀後半)にかけて四、五代にわたり受け継がれました。本作の作域から、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、その製作年代を室町中・後期の宝徳から寛正年間(1449-1466年)頃と鑑定しています。 初代正広は、日本刀工史上最も著名な名工の一人である正宗の門人と伝えられています。一説には、後代の正広が小田原城主・北条氏綱に仕えた際、主君より「綱」の一字を賜り、名を「綱廣」と改めたとされています。戦国時代、正広は高まる武器需要に応え、多くの優れた刀剣を鍛え上げました。正広は、正宗、貞宗、広光らと並び、相州伝の奥義を極めた名工として知られています。本作の見どころは、刃文が平地全体に広がる華やかな「皆焼(ひたつら)」にあり、相州伝の真髄を遺憾なく発揮しています。 相州伝 相州(現在の神奈川県)に居住した刀工たちは、「相州伝」と呼ばれる独自の伝法を確立しました。また、島田派などの諸派もこの伝法を継承しています。 相州伝は鎌倉時代中期(13世紀半ば)に誕生しました。当時、大和伝や山城伝はすでに高い技術を誇り、多くの名工を輩出していましたが、相州を含む関東地方における作刀技術は未だ発展途上にありました。 1185年に成立した鎌倉幕府の初期において、初代将軍・源頼朝は政治的安定のための体制整備を優先しており、お抱えの刀工を育成する余裕がありませんでした。そのため、幕府は当初、大和や山城といった他国の刀工に武器の発注を行っていました。 しかし、幕府の確立とともに鎌倉武士の間で武器の需要が飛躍的に高まり、自国での供給体制が急務となりました。そこで五代執権・北条時頼は、山城国から粟田口国綱、備前国から備前三郎国宗という二人の名工を招聘しました。さらに七代将軍・惟康親王も、備前より福岡一文字助真を招き入れました。 これら三名の名工が相州伝の基礎を築く上で重要な役割を果たしたと言われています。また、相州伝の確立に欠かせない人物が、粟田口国綱の養子とされる新藤五国光です。国光はその卓越した技術を弟子の行光に伝え、さらにその門下から、日本刀の代名詞とも言える正宗が登場しました。正宗によって完成された相州伝は全国にその名を轟かせ、後の古刀期から新刀期にかけて、大坂の井上真改や江戸の水心子正秀など、多くの名工たちに多大な影響を与えました。 彫物 本作の身幅には、精緻な彫物が施されています。内容は「草倶利伽羅剣(くさくりからけん)」、「独鈷(どっこ)」、「蓮台(れんだい)」、そして「梵字」であり、これらはいずれも仏教、特に密教に深く関連する意匠です。 倶利伽羅とは、仏教の信仰対象である不動明王が右手に持つ剣を指します。不動明王は、密教の本尊である大日如来の化身であるとされています。
相州正広の作である。正広は貞治の年紀のあるものを初代として、室町末まで四、五代続いている。各代の区別は明 らかでないが、この脇指はほぼ宝徳・康正頃の作と鑑せられる。 地刃の出来が優れ、彫物も見事で、室町時代の相州物の 典型的一口である。





























相州正広の作である。正広は貞治の年紀のあるものを初代として、室町末まで四、五代続いている。各代の区別は明 らかでないが、この脇指はほぼ宝徳・康正頃の作と鑑せられる。 地刃の出来が優れ、彫物も見事で、室町時代の相州物の 典型的一口である。
相模 · 1452-1455頃
刀剣大鑑 上位49%
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.