
Antique Japanese Sword Katana Signed by Moritsugu NBTHK Tokubetsu Hozon Certificate
売却済
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仕様
68.1 cm
1.51 cm
作者について
Fukuoka Ishido Moritsugu守次
筑前福岡の守次は、石堂利平の子で、父の歿後、従兄の是次に学んだ。是次の嫡男利次が父に先んじて歿した為、守次が嫡家を相続したと伝える。権三兵衛と称し、のち半三兵衛と改め、元禄十四年に六十九歳で歿した。説明書は是次とともに本工を福岡石堂を代表する刀工とし、同派を、新刀期にあって備前往古の福岡一文字の丁子を写し直さんとした石堂一統の筑前の系とする。これを筑前信国一派と並ぶ同国新刀の双璧とし、その最も評価される一口を「守次の本領が余す所なく発揮された出色の一口」と記す。 経眼の手は、在銘の刀に終始一貫した一つの作域である。刃文は互の目を交えた焼幅広い丁子乱れで、その支配的な癖は、本来範とすべき鎌倉一文字の起き上がる丁子に逆らって、総体が逆がかることにある。説明書はこの逆がかりと、それに伴う地鉄の柾気とを、是次の江戸石堂左近是一への入門に遡らせ、「鍛えに柾気があり」と記す。乱れの中に足・葉入り、匂勝ちに小沸つき、砂流し・金筋かかる。説明書が守次自身の見どころとするのは、焼頭が鎬にかかる程広く焼く独得の刃で、俗に「烏賊の頭」と称され、ある初期作ではこれを「イカの袋の如き丁子をみせて特徴がある」と説く。 その下の地鉄は、強く流れて殊に下半が柾がかる板目で、鉄は止まった肌でなく走る肌として現れる。地沸が細かに付き、よくつんだ作では地景が肌のひらくところに入る。そこに立つのが、一派の名を成し、その擬古を支えた特色である。すなわち、新刀の地鉄から映りの絶えた時代にあえて立てた乱れ映りであり、二百五十年を隔てて呼び戻された福岡一文字の映りそのものである。彼の最も身幅の広い一口では、表は乱れ映り、裏は直ぐ状の映りと、映りが面によって分かれてさえいる。帽子は刃文に静かに応じ、小丸に返って多く掃きかけを伴い、時に小さく乱れ込んでから丸み、処々尖りごころに、また短く地蔵風に返る。 手の一貫性ゆえ、その作風は時期の推移よりも二段の格として読むがよい。常の格は福岡石堂の典型の刀で、鎬造、生ぶ、中鋒となり、寛文の同時代作の浅く硬い反りに対して比較的深い反りがつく。説明書はこれをこそ同派の姿の一徴とする。いま一段は総てを広く取る。焼幅が開いて烏賊の頭の焼頭が鎬にかかり、丁子乱れの中に互の目・小互の目・角ばる刃・尖りごころの刃が交わり、処々に飛焼を置いてさかんに棟を焼き、全体が華やかとなる。身幅広く重ね厚い彼の優品はこの格に属する。いま一筋の軸は銘そのものに通る。長銘は太鏨大振りに、説明書が特に挙げる「楷、行、隷書交じりの特色ある書風に切っている」手で切られ、数口は「以南蛮鉄造之」の添銘を帯び、うち二口は天和四年の年紀をもつ。 守次を分かつものは、対比よりも彼自身の鉄から引くのがよい。鎌倉の福岡一文字は静かな板目に丁子を起き上がらせて焼いたが、守次は丁子と甦った映りを保ちつつ、これを走る柾気の地に置き、文様の総体を逆にかける。起き上がる古備前の華やぎが、流れる新刀の文法に鋳直されているのである。この鋳直しこそ是次を介して筑前に持ち帰られた江戸石堂の伝であり、烏賊の頭はその上に加えられた在地の訛りである。説明書が彼を一派の筆頭に置くのはまさにこの点による。丁子の刃を得意とし、一派の映りを立て、なおその結果に己の形を捺し得た工だからである。最初期の指定刀について説明書は彼が「丁子の刃文を得意として」「映り気を見せる」とし、これを「典型的且つ代表作の一口」とする。 守次の記録は悉く重要刀剣の格にとどまり、一九六〇年代から二〇〇一年に及ぶ長きにわたる各回に計十口、いずれも在銘の刀で、国宝・重要文化財はなく、いずれにも伝来の記録は付かない。日本刀講座は彼を頂ではなく上工の確かな一段に置く。これがその正直な目安である。すなわち、名家を巡る大名ではなく、敬すべき地方一派の代表的上手である。十口の一は殊なる稀品で、守次と子の守昌の合作銘に「切物同作」の添銘を帯び、説明書は、同国信国吉政の作に守次の彫を施したものが遺ることから、彫物をも得意としたと記す。蒐集家にとって同派は、写しの本歌たる鎌倉一文字とは異なり手の届くものである。在銘の刀は時に市に現れ、第一級の名工のものより出会いやすく、逆がかる焼幅広い丁子、立つ映り、多書体の太鏨大振りの長銘によって一見して知れるゆえ、確かな一口は語り聞くのみの品ではなく、忍耐をもってすれば現実に求め得る作である。



