この鍔は四ツ木瓜形に造られています。題材は朱鷺です。 江戸時代まで、朱鷺は田んぼや湿地で馴染み深い存在であり、日常的な農村風景の一部としてよく見られました。しかし近代に入ると「害鳥」と見なされるようになり、絶滅の危機に追い込まれました。繊細なとき色の羽、長く湾曲した嘴、そして田の中をゆっくりと歩く優美な姿は人々に強い印象を残し、民謡や各地の物語に刻まれてきました。 この意匠では、水辺に集まる朱鷺の群れが水生植物と共に描かれています。背景には枝垂れ梅と流水があらわれ、構図に優雅さと詩的な情緒を添えています。細工は主に浮き彫りと繊細な毛彫りによって施されており、洗練された繊細な外観を作り出しています。
取扱店 サムライミュージアム
この品の現在有効な鑑定書は確認できませんでした。審査に出されたことがあるか、出せるかを刀剣商にお尋ねください。 — Hoshi
販売中 19点







販売店の記載のまま
店舗の英語原文からの機械翻訳・誤りを含む場合があります ·
町彫 · Edo
現在19点販売中
石黒派は、江戸時代後期に江戸で隆盛した町彫の一流派である。開祖の石黒政常は宝暦十年に生まれ、柳川直政の門人加藤直常に学び、のちに直政にも師事して独立した。両師の名から「政」と「常」の一字ずつを取って政常と名乗ったと伝えられる。日本橋の呉服町に住し、雅号を東嶽子(のち東岳子)といい、文政十一年に没した。その門下からは政美、政明をはじめ、是常、政英、政広ら多くの上手が輩出し、子の是常、政美の子で是常に学んだ是美らへと技が受け継がれて、同家は明治まで代々栄えた。横谷・柳川系列に連なりながらも、政常が柳川家の作風を脱し、花鳥図に独自の工夫を凝らして一派の作風を確立した点に、石黒派の起源がある。 石黒派の作風は、その時代の好尚を端的にあらわして成功しており、花鳥を主題とした濃艶な絵画的世界を高彫色絵で展開する点を一門共通の標識とする。多くは赤銅魚子地を高彫とし、金を主に銀、朧銀、素銅、四分一、茶四分一、緋色銅など多彩な色金を駆使した色絵を施す。なかでも緋色銅を効果的に用いるところが、政美をはじめ一門の上手達の見どころである。画題としては鳥を得意とし、鷹などの猛禽は初代政常以来のお家芸であり、孔雀は政美、雉子や錦鶏鳥は政明が得意とした。政常の彫は実直細密で磨きも綺麗に気品があり、空間を巧みに生かした清澄な気韻に満ちる。これを承けて政美は写実的な構図に細心の注意をはらい、裏面に空間を大きくとって流水を配するなど画面に奥行を計り、政常と双璧と称される政明は写生に徹した描写と一段と華やかな色絵を個性とした。是常は老梅の幹や猛禽の姿を力強く表現し、平肉を貶して遠近感を出す工夫を見せ、是美は緋色銅・銀・素銅を巧みに用いた色彩感覚に秀でた。華麗でありながら卑しさに陥らぬところに、一門に共通する技量の高さがある。 石黒派の作品は、町彫の雄として豪華精巧に仕上げた優品として高く評価されている。政常の作は華麗典雅のなかに武士好みの勇猛さを内包し、後藤家の家彫を研究して我物とした作も見られる。政美の作は緻密な彫技と豪華な彩色において本領を発揮した逸品とされ、政明の作は花鳥図を金工技術の限りを尽くして展開し、見る者に驚きを与える魅力をもつ。是常の作は壮厳華麗で堅実な彫法を示し、石黒派を研究する上で貴重な作とされ、是美の作は細緻な鏨法と豪華な色絵を見事に融合させた会心の作と評される。錦鶏鳥に見られる華麗さは当時流行の錦絵にも通じるものがあり、一門が日本人好みの花鳥図を高い品格をもって展開した点に、石黒派の独壇場たる所以がある。かくして石黒派は、横谷・柳川の古典を受け継ぎつつ、これを濃麗な絵画的世界へと昇華させた一流として、江戸金工史上に確固たる位置を占めている。 詳しく見る →
刀剣商の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは刀剣商の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に刀剣商へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
¥180,000