説明

Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 mid Edo period / Kyoto, Yamashiro province 後藤宗家十代廉乗の在銘作。後藤家の伝統とも言うべき這龍を題に採り、魚子地の砂を潜って現れた姿を迫真の場面に仕上げている。魚子地は抑揚のある地面に打ち施されて強弱変化があり、鋭く立てた爪の先端が砂中に埋もれている様子に動きが感じられ、また、宙を刺す鰭の鋭�さに加え、尾の先端の剣に力が籠り、総体の構成線に迫力がある。顔つきも険しく後藤の伝統そのもの。裏板は贅沢な金地仕上げとされている。廉乗は即乗の四男で、承応元年に家督を相続。寛文二年に江戸定住を命じられ活動の場を京から移している。

砂潜龍図小柄 銘 後藤廉乗(花押)小柄廉乗
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砂潜龍図小柄 銘 後藤廉乗(花押)小柄廉乗

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作者について

Goto Renjo後藤廉乗

1 特別重要刀剣32 重要刀剣

後藤廉乗(ごとうれんじょう)は、後藤家十代目として知られる金工家である。寛永五年(1628年)に八代即乗(そくじょう)の四男として京都に生まれ、幼名を亀市、俗名を源四郎と称した。正保二年(1645年)、十八歳で宗家の名乗りである四郎兵衛を襲名し、名を光侶(みつとも)と改めた。承応元年(1652年)に二十五歳で宗家十代目を相続した。後藤宗家は代々京都に居住してきたが、幕命によって廉乗が寛文二年(1662年)にはじめて江戸へ移住し、以後十七代典乗光則に至るまで江戸に居住している。天和三年(1683年)五十六歳の時、剃髪して廉乗と号し、元禄十年(1697年)に養子の光寿(通乗)へ宗家十一代目を譲って京都に隠居した。 廉乗の作風は、先代程乗(ていじょう)の彫法をよく継承して上手であると評される。家伝の獅子、龍の彫はもとより、人物も得意とし、地金も新たに四分一を用いたり、毛彫の作品も作るなど新味を出している。作域は広く、刀装具の意匠としては、武者絵、故事人物、動物、植物、器物など森羅万象あらゆるものを図柄として取り入れている。特に七夕図は最も高い評価がなされている。作風の特色として、高彫、色絵、魚子地などが挙げられ、金、銀、赤銅などの素材を巧みに用いる。また、大小柄においては「画面いっぱいの波地に巨巌を配し、激しく波立ち渦巻く海を大胆な構図を以て表している」と評されるように、構図にも工夫が見られる。銘については、光侶銘が多く廉乗銘は少ないとされる。 廉乗の作品は、後藤家の格式を伝える格調高い仕上がりを見せる。その作は「濃やかで、金銀の色絵も的確に施しており、後藤家の高い品格をあらわしている」と評されるように、技術の高さと品格を兼ね備えている。後藤家作品の鐔は少ないが、大小揃いの鐔となると更に少なくなる。後藤家は代々折紙を発行しており、廉乗の作品にも後代の当主による折紙が付属することがある。これらの折紙は、作品の真偽を保証するだけでなく、当時の鑑定や評価を知る上で貴重な資料となる。

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銀座長州屋

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