説明

Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Signed Kinoto-hitsuji Shunjitsu Sonobe Yoshihide (Kao) 潮の引いた砂地に露になった四爪の大きな鉄錨。赤銅魚子地になんと鉄高彫を象嵌しているのだ。一見後藤風を謹直に継承しているようで、芳英は形状や細部に独創とこだわりを見せる。得意の変り八角形は碁石のように耳に向かって肉を落とし、その耳には微細な魚子を撒き散らしている。魚子地は何か特殊な仕上げを施しているのかもしれない。青味を帯びた上質の赤銅磨地と魚子地を巧みに配した地造りに極めつけは鉄の象嵌である。帆柱が並ぶ波穏やかな船泊、よくある海辺の風景のようだが、彼方の島は伝説の蓬莱島(注)ではなかろうか。微細な点刻の底に金を施した光に包まれた島は松の木々に縁どられ、遠くの島影は素銅の消込象嵌。手前を飛ぶ鳥は高彫色絵、彼方の鳥は平象嵌と遠近に工夫がみられる。園部芳英は田中芳章門人の園部芳継を父に持ち、父同様に後藤流の格調高い精巧な彫法を得意としているが、鉄地の扱いにも長けていて優れた作を残している。本作は芳英のユニークな一面と技量の高さを余すところなく伝える優品である。 (注)古代中国の道教思想で、東の海上にあるとされた不老不死の仙人が住むという蓬莱島。これは筆者の主観で、芳英は遠くに霞んで見える富士山と海上の島を描いたのかもしれない。富士山は別名「不死山」ともいうが。

海浜風景図鐔 銘 乙未春日 園部芳英花押
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海浜風景図鐔 銘 乙未春日 園部芳英花押

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作者について

Goto Yoshihide芳英

5 重要刀剣

園部芳英は、園部家初代芳継の子で同家二代目を継いだ。初代芳継は後藤系の金工である田中芳章に学び、後藤流の彫法を得意としており、園部家も後藤宗家に出入りを許されていた。芳英は宗家十六代の光晃に指導を受けたと推測される。名を伝五郎といい、後に父芳継の通称である伝蔵を襲名した。実子に芳忠と芳興がいる。作風は先代と同様、品格のある精巧な彫技をもって活躍し、元治元年に五十九歳で歿した。天保六年(1835年)には「天台山麓」に居住していたことが銘文から知られる。 芳英の作風は、師家筋にあたる田中芳章ゆずりの家彫方式に、精巧な彫技を加えた園部家の作風が遺憾なく発揮されている。赤銅魚子地を得意とし、金紋、高彫色絵を施す作が多い。金無垢地に赤銅置金工法といった様々な手法を駆使する。大小拵の金具類においては、芳英には珍しい片切彫金平象嵌の技法も見られる。漆黒の赤銅磨地に雲龍図を華麗に描くなど、注文に応えての入念作と思われる作例も存在する。小柄笄の裏哺金鑢仕立をはじめ、濃藍色糸双撮菱巻の柄巻や黒蠟色塗一分刻の鞘塗も洗練味が高い。 芳英の作は、緻密さの中に格調の高さを秘めていると評される。色どり華やかにして且つ上品な作風は大名道具にも見られ、上級武家が儀典に指す式正にかかった小さ刀拵にもその作が認められる。製作が入念であり、保存状態も良いことから、同時代の金工の中でも高い評価を得ていることが窺える。

刀剣商

銀座長州屋

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