説明

出ました出ました古いお家代々大切にしてこられた新刀期の横綱井上真改の長寿を意味する金象嵌で翁と入れられたお目出度い名刀が出ました。井上真改の井上家は武士の出身の為に幼少期から素晴らしい勉強家で滋賀県の有名な陽明学者の中江藤樹に学ぶために大坂より滋賀に通った好学の士です。井上真改は寛文十二年八月に井上和泉守国貞銘より同門の陽明学者熊沢蕃山の意見で「刀工で有るものが国の長である大名と同じ守を名乗るのは不遜で自分の学問が足りていないからだ」との意見を受け井上真改と名を改めます。本刀は寛文十年(1670年)(356年前)井上真改に改名する2年前の重要刀剣に多く指定されている40歳の壮年期の傑出の名刀です。本刀は鎬造で元身幅広く先身幅との差の有る反りの少ない豪壮な刀姿を現し、地金は美しい地鉄の小板目肌が沈むと言うのが大坂新刀の特徴でその中でも真改の地鉄が代表的なものとされ本刀の様に地沸が強く地景が交じりことに沸の粒が輝いています。刃紋はのたれに互の目を交え匂い深く小沸の良く付いた刃を焼き地刃が素晴らしく冴えています。ここに精良な地金沸匂い深く明るく冴えた刃紋は「大坂正宗」と称された正しく井上真改の真骨頂の作品です、この度古いお家の方より自分達も年を取りましたので大切にして頂ける方にお譲り下さいとお預かりした為に、刀剣愛好家としては一度は持つことが夢の、西の横綱井上真改の天才刀工の作品をお持ちになりたい方にお勧めです。将来の大出世が楽しみな名刀を是非お楽しみ下さいませ。

井上和泉守国貞 菊紋寛文十年二月日 (金象嵌銘)翁(井上真改) Inoue Izuminokami Kunisada(Inoue Shinkai)
Tokuho

井上和泉守国貞 菊紋寛文十年二月日 (金象嵌銘)翁(井上真改) Inoue Izuminokami Kunisada(Inoue Shinkai)

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仕様

長さ

70.1 cm

反り

1.1 cm

元幅

3.2 cm

先幅

2.21 cm

作者について

Osaka Shinkai真改

1 重要文化財5 重要美術品4 特別重要刀剣69 重要刀剣

井上真改は初代和泉守国貞、説明のいう親国貞の次男である。親国貞は堀川の流れを大坂に下して同地に一家を興した工で、子は通称を八郎兵衛といい、父の晩年その代作代銘に任じ、家督を相続して二代目を継ぎ、初め父同様に和泉守国貞と銘した。万治四年頃に朝廷より茎に菊紋をきることを許され、寛文十二年八月以降、真改と改めている。天和二年十一月急逝したという。説明はその鍛刀を父にまさるとし、大坂正宗の称を与える。継いだ初代とは精しく分かたれ、父が藤原姓を切ったのに対し、子は井上を冠して藤原を用いず、改名前の和泉守国貞銘の作を収集家は真改国貞とまとめる。 説明が繰り返し立ち返る手は直刃である。よくつんだ小板目肌の上に、中直刃が浅くのたれごころをおび、処々僅かに互の目を交え、匂は一際深く、小沸が厚くよくつき、刃中に金筋がさかんに入り砂流しがかかる。その結果を、説明は匂口明るく冴え、地刃ともに明るく冴えると記す。鑑者が特に挙げるのは沸の深さと地鉄の明るさで、ある刀を、真改が最も得意としたよくつんだ精美な地鉄、最も優品のある直刃仕立に沸匂が極めて深く金筋を入れた刃文と評する。説明の描くところは、まさにこの抑えた沸深き直刃であって、華やかな乱れ刃ではない。 その判断の礎は地鉄にある。鍛えは小板目がよくつみ、地沸が微塵に厚くつき、処々荒めの地沸をむらに交え、地景が細かにさかんに入り、かね冴える、いわゆる緻密で潤いある大坂地鉄である。刃は直ぐに焼き出してその上に浅いのたれをなし、足・葉入り、匂深く、物打辺に淡く棟焼を交え、帽子は直ぐに小丸となって先を掃きかける。説明はこの作域の意味を明言する。彼の作のうち、かくのごとき沸深く冴えるものこそ、「沸出来の作品の美しさを最もよくあらわしている」と。彼は説明のいう沸の名手である。 編年は銘そのものから読まれ、銘が時の標識となる。寛文十二年八月以前は和泉守国貞と銘し、以後は井上真改の四字を指表棟寄りに大振りに切り、裏に菊紋と草書の年紀を伴う。寛文十年紀の重要刀剣はなお和泉守国貞の長銘を切り、真改銘で延宝年間に年紀のある作の大半が本領に属する。その本領のうちに、説明は一つの作域を特記する。郷写し、すなわち最も尊んだ相州の名工郷義弘への意図的な写しである。これらは地刃の沸が常にも増して強く、匂が一段と深く、刃は処々角ばる大のたれに大互の目を交え、帽子は焼深く一枚風となって長く掃きかける。説明はある一口を「彼が最も得意とした郷写し」と名指し、「大磨上げ無銘の郷の刀の本歌があり、それを真改が写した」と読む。沸の妙味は彼の独壇場であり、真改の本領が余すところ無く表れる作はここにある。なお改名後は和泉守の受領名を切らないとされ、和泉守真改と銘した刀は長く保留されてきたが、研究は改名直後の貴重な一振と判じた。 説明は彼を、もう一人と並べて一門の頂に据える。大坂新刀の工のうち、「大阪新刀の中の両大関は助広と真改であり、前者は匂、後者は小沸に特に見事なものがある」と記す。その手本は称とは異なり正宗ならず、郷義弘にとられ、最も彼らしい作は沸深き直刃と郷写しである。盟友との分かれ目は刃文にある。津田助広が波濤の濤瀾刃を創始したのに対し、真改はそれを一切焼かず、説明が両工を並べるときは対比して、真改の明るい直刃と浅いのたれを助広の濤瀾に対置する。その匂深き沸出来の作は、説明のいうとおり助広の濤瀾乱れとともに後世の刀鍛冶に大きな影響を及ぼしている。 当代の工中の最上作で、その名を負う指定は重い。重要文化財一口、特別重要刀剣四口に重要刀剣六十七口、特別重要・重要の級を併せて七十一口、指定を受けた作は七十七口を数える。国宝はない。その記録は終始在銘で、謎ではなく裏付けある手であり、公の指定作七十七口は銘を負う。録された来歴は近代の名だたる蔵家を経る。延宝三年紀の刀は明治・大正の目利の愛刀家として聞えた谷干城将軍の旧蔵であり、ほかに伊藤与三郎・住吉朝太郎・大友常太郎・兵庫の伊藤文一・青山家の手を経た作があり、ある郷写しを説明は「重要文化財に指定されているものに次ぐ」と評する。私の蒐集家が現実に出会いうるのは特別重要・重要の作で、所在の知られるものが相応に遺るが、市に現れることは稀で、延宝本領の在銘年紀菊紋の真改は、現れれば一頭地を抜く出来事である。

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