後藤栄乗 金無垢目貫 後藤家六代・栄乗(えいじょう)は、天正5年(1577年)に五代徳乗の長男として生まれました。幼名は亀市、後に源四郎、家督を継いでからは代々の通称である四郎兵衛を称しました。諱には正光、正房、光宗があります。 文禄3年(1594年)、父・徳乗が45歳の若さで隠居・出家し「徳乗」と号した際、わずか18歳で後藤宗家の家督を継承しました。この時、名を正房から四郎兵衛正光へと改めています。しかし、栄乗は父に先立ち、元和3年(1617年)4月4日に41歳の若さで没しました。 栄乗の長男・源四郎(乗閑)もまた慶長16年(1611年)に早世しており、次男の源七郎光重は母と共に河内国の松之鼻に居住していました。栄乗の急逝後、一時的に徳乗が後見として家政を執りましたが、元和4年(1618年)の親族会議を経て、徳乗の次男(栄乗の弟)である顕乗が七代を継承することとなりました。その後、光重は顕乗の養子となり、後に八代即乗として宗家を継ぐことになります。 栄乗の作風は父・徳乗の伝統を忠実に継承していますが、図案はやや大振りになる傾向があり、中には三代乗真を彷彿とさせる力強い造形も見られます。また、時代の気風を反映して華やかさが増し、特に武者や人物図などの緻密な表現においてその手腕を遺憾なく発揮しています。 Nihonto.comより、この名品をご案内申し上げます。
Certificate reading — 無銘(栄乗)








後藤栄乗
Early Edo (1577-1617)
河内
特別保存 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1577-1617頃
現在7点販売中
後藤栄乗は、後藤家六代目を務めた刀装金工である。五代徳乗の嫡男として天正五年(1577年)に生まれ、幼名を亀市、俗名を源四郎、諱を正房と称した。文禄三年(1594年)に18歳で家督を相続し、四郎兵衛正光と改名して宗家を継いだ。若年の頃より父祖と共に豊臣秀吉に仕えたが、豊臣家滅亡後は一時期浪人生活を送る。元和二年(1616年)、叔父である長乗の推薦により徳川家に仕えることとなり、将軍秀忠より分銅、大判及び彫物の役に任命され、山城国の旧領二百五十石と江戸詰料二十人扶持を支給された。しかし、翌元和三年(1617年)に41歳の若さで病没した。金工銘は初め正房、のち正光、剃髪してからは栄乗と切った。
栄乗の作風は、五代徳乗の作風を受け継ぎつつ、乗真に似て少し大振りなものが多いとされる。しかし、細工は乗真よりも細やかに出来ているものが多いとも評される。作風の特徴としては、高彫、色絵を得意とし、赤銅魚子地、金無垢地などを用いた作品が多く見られる。題材は人物、動物、故事など多岐にわたり、羅城門図、牛若弁慶図、獅子図、倶利伽羅龍図など、後藤家が得意とする画題を多く手掛けている。また、金紋を施した作品も多く、その重厚な肉取りにより存在感や躍動感を表現している。地金には薄金に括り出したものが見られ、陰陽根などの技法も用いている。作風は総じて華やかであり、桃山時代の後藤家の特徴が表れているとされる。
栄乗の作品は、その出来栄えの高さから後藤家の中でも特に評価が高い。重要刀装具指定の説示においては、「姿形の肉取り、配置などに工夫を凝らして、それぞれの情景描写を繰り広げており、生き生きとした動きは背景を含めた鏨の妙技によって更に昇華して、見事な三所物に仕上がっている」[[c:1]]と評されている。また、「贅沢にも金無垢という素材で堂々たる倶利伽羅を画面一杯に、見事に彫り上げている。その彫法はおおらかでありながらも力強い肉取りであり、角や手首の三角鏨も確りと、鱗をはじめ姿態の細部にまで神経が行き届いている。栄乗ならではの醍醐味が存分に感じられる出色」[[c:2]]と評されるように、素材の選択、彫技の高さ、意匠の面白さなど、総合的な完成度の高さが評価されている。自身銘の作品は現存数が少ないため貴重であり、後藤家宗家における桃山時代の作風を代表する刀工として位置づけられている。
後藤栄乗の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 後藤宗家· 1573–1900
現在317点販売中
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトThree-day inspection period and seven-day return period; buyer notifies by email within three days of receipt, no reason needed; full refund once item returned undamaged and unaltered.
後藤栄乗 金無垢目貫 後藤家六代・栄乗(えいじょう)は、天正5年(1577年)に五代徳乗の長男として生まれました。幼名は亀市、後に源四郎、家督を継いでからは代々の通称である四郎兵衛を称しました。諱には正光、正房、光宗があります。 文禄3年(1594年)、父・徳乗が45歳の若さで隠居・出家し「徳乗」と号した際、わずか18歳で後藤宗家の家督を継承しました。この時、名を正房から四郎兵衛正光へと改めています。しかし、栄乗は父に先立ち、元和3年(1617年)4月4日に41歳の若さで没しました。 栄乗の長男・源四郎(乗閑)もまた慶長16年(1611年)に早世しており、次男の源七郎光重は母と共に河内国の松之鼻に居住していました。栄乗の急逝後、一時的に徳乗が後見として家政を執りましたが、元和4年(1618年)の親族会議を経て、徳乗の次男(栄乗の弟)である顕乗が七代を継承することとなりました。その後、光重は顕乗の養子となり、後に八代即乗として宗家を継ぐことになります。 栄乗の作風は父・徳乗の伝統を忠実に継承していますが、図案はやや大振りになる傾向があり、中には三代乗真を彷彿とさせる力強い造形も見られます。また、時代の気風を反映して華やかさが増し、特に武者や人物図などの緻密な表現においてその手腕を遺憾なく発揮しています。 Nihonto.comより、この名品をご案内申し上げます。
Certificate reading — 無銘(栄乗)








後藤栄乗
Early Edo (1577-1617)
河内
特別保存 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1577-1617頃
現在7点販売中
後藤栄乗は、後藤家六代目を務めた刀装金工である。五代徳乗の嫡男として天正五年(1577年)に生まれ、幼名を亀市、俗名を源四郎、諱を正房と称した。文禄三年(1594年)に18歳で家督を相続し、四郎兵衛正光と改名して宗家を継いだ。若年の頃より父祖と共に豊臣秀吉に仕えたが、豊臣家滅亡後は一時期浪人生活を送る。元和二年(1616年)、叔父である長乗の推薦により徳川家に仕えることとなり、将軍秀忠より分銅、大判及び彫物の役に任命され、山城国の旧領二百五十石と江戸詰料二十人扶持を支給された。しかし、翌元和三年(1617年)に41歳の若さで病没した。金工銘は初め正房、のち正光、剃髪してからは栄乗と切った。
栄乗の作風は、五代徳乗の作風を受け継ぎつつ、乗真に似て少し大振りなものが多いとされる。しかし、細工は乗真よりも細やかに出来ているものが多いとも評される。作風の特徴としては、高彫、色絵を得意とし、赤銅魚子地、金無垢地などを用いた作品が多く見られる。題材は人物、動物、故事など多岐にわたり、羅城門図、牛若弁慶図、獅子図、倶利伽羅龍図など、後藤家が得意とする画題を多く手掛けている。また、金紋を施した作品も多く、その重厚な肉取りにより存在感や躍動感を表現している。地金には薄金に括り出したものが見られ、陰陽根などの技法も用いている。作風は総じて華やかであり、桃山時代の後藤家の特徴が表れているとされる。
栄乗の作品は、その出来栄えの高さから後藤家の中でも特に評価が高い。重要刀装具指定の説示においては、「姿形の肉取り、配置などに工夫を凝らして、それぞれの情景描写を繰り広げており、生き生きとした動きは背景を含めた鏨の妙技によって更に昇華して、見事な三所物に仕上がっている」[[c:1]]と評されている。また、「贅沢にも金無垢という素材で堂々たる倶利伽羅を画面一杯に、見事に彫り上げている。その彫法はおおらかでありながらも力強い肉取りであり、角や手首の三角鏨も確りと、鱗をはじめ姿態の細部にまで神経が行き届いている。栄乗ならではの醍醐味が存分に感じられる出色」[[c:2]]と評されるように、素材の選択、彫技の高さ、意匠の面白さなど、総合的な完成度の高さが評価されている。自身銘の作品は現存数が少ないため貴重であり、後藤家宗家における桃山時代の作風を代表する刀工として位置づけられている。
後藤栄乗の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 後藤宗家· 1573–1900
現在317点販売中
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトThree-day inspection period and seven-day return period; buyer notifies by email within three days of receipt, no reason needed; full refund once item returned undamaged and unaltered.