重要刀装具 目貫 銘:春貫(割短冊銘) FMW00066 青木春貫は文化二年(1805年)に京都で生まれ、安政五年(1858年)二月十四日に没しました。青木甚助の子として生まれ、一説には山崎加賀春(大月光弘門)に師事したとも、あるいは独学でその才を成したとも伝えられています。その作風は後藤一乗や上杉加寿貫に比肩する格調高きもので、幕末後藤風の古典美を追求しました。また、加納夏雄の師であったとも言われています。姓は青木、通称は甚吉、号に青柳軒、青柳斎などがあります。 本作は春貫の卓越した技量を示す白眉といえる一対です。画題は「鶏合せ図」で、二人の貴人がそれぞれ闘鶏を膝に抱え、出番を待つ静かな緊張感を描いています。本作は2016年10月18日に開催された第62回重要刀装具審査において、その傑出した出来映えが認められ、重要刀装具に指定されました。 【指定品解説】 第62回重要刀装具(2016年10月18日指定) 鶏合せ図目貫(とりあわせず めぬき) 銘:春貫(金底割短冊銘) 形態:赤銅地 容彫 金色絵 銀色絵 赤銅象嵌 時代:江戸時代後期 解説: 青木春貫は通称を甚吉といい、文化二年に京都で生まれました。当初は小柄や匕首(小刀)の裏を専門に手掛け、「山甚裏」の異名で知られました。父・甚助に学び、後に大月派の山崎加賀春に師事したほか、上杉加寿貫や後藤一乗からも影響を受けたと伝えられています。 春貫の銘振りは特徴的な隷書体で知られ、「春貫」「青春貫」「青柳軒春貫」などと銘じます。作域の多くは赤銅や四分一を地鉄とし、緻密な高彫に繊細な色絵を施した、極めて装飾性の高い優品を残しています。
青木春貫は、甚吉といい、文化二年に京都で生まれた。 春貫は、小柄笄の裏師で、世に山甚裏と呼ばれた名手であった。 はじめ父の甚助 について学んでおり、のちに大月派の川崎加賀春に師事したとも、また上杉加寿貫や後藤一乗の教えを受けたともいうが定かでない。「春貫」「青 春貫」「青柳軒春貫」などと隷書風の特色ある書体で銘をきる。 作品の多くは赤銅や四分一などの地がねに、精巧な高彫や象嵌色絵を駆使したも のが多い。安政五年に五十四歳で歿し、門人に政貫がいる。 本作は、春貫の技術の高さを実感出来る作となっている。 いまにも、飛びかからんとする迫力ある鶏の表情や動き、またそれを止め、何かを 思うところがあるように感じられる宮人の風貌、 そしてその動きにさらなる真実性を与える各種の象嵌色絵使いなどが春貫の真骨頂を感じさせ てくれる。 格調高く引き締まった傑作である。
Certificate reading — 銘 春・貫








春貫
文化〜安政(1805-1858)
京都
在銘
重要 #62 (NBTHK)
青木春貫は、甚吉といい、文化二年に京都で生まれた。 春貫は、小柄笄の裏師で、世に山甚裏と呼ばれた名手であった。 はじめ父の甚助 について学んでおり、のちに大月派の川崎加賀春に師事したとも、また上杉加寿貫や後藤一乗の教えを受けたともいうが定かでない。「春貫」「青 春貫」「青柳軒春貫」などと隷書風の特色ある書体で銘をきる。 作品の多くは赤銅や四分一などの地がねに、精巧な高彫や象嵌色絵を駆使したも のが多い。安政五年に五十四歳で歿し、門人に政貫がいる。 本作は、春貫の技術の高さを実感出来る作となっている。 いまにも、飛びかからんとする迫力ある鶏の表情や動き、またそれを止め、何かを 思うところがあるように感じられる宮人の風貌、 そしてその動きにさらなる真実性を与える各種の象嵌色絵使いなどが春貫の真骨頂を感じさせ てくれる。 格調高く引き締まった傑作である。
町彫 · 山城
現在1点販売中
青木春貫は、甚吉といい、文化二年に京都で生まれた。春貫は、小柄笄の裏師で、世に山甚裏と呼ばれた名手であった。はじめ父の甚助について学んでおり、のちに大月派の川崎加賀春に師事したとも、また上杉加寿貫や後藤一乗の教えを受けたともいうが定かでない。「春貫」「青春貫」「青柳軒春貫」などと隷書風の特色ある書体で銘をきる。安政五年に五十四歳で歿し、門人に政貫がいる。京都大月派の金工とされており、幕末時代に活動した。
作品の多くは赤銅や四分一などの地がねに、精巧な高彫や象嵌色絵を駆使したものが多く、和漢の人物、動物、草花図の作品を見る。作風は、高彫、色絵、象嵌など多様な技法を駆使し、特に象嵌の技術に優れる。魚子地はきめ細かに蒔かれ、水紋や雲文に淀みがない。霊物の彫技はいずれも緻密で、鱗や毛並みの細部にいたるまで神経の行き届いた仕上がりを見せ、しかも面持ちは皆威厳に満ちている。金の色絵を最小限に控えながらも、それが全体の調子を引き締めている点も特徴である。
春貫の作は、「格調高く引き締まった傑作」[[c:1]]と評される。その作風は、精巧な彫技と象嵌色絵の技術によって、見る者に強い印象を与える。特に人物の表情は豊かであり、平象嵌の技術が見事である。同作中の傑作と評されるものも多く、総体に格調高く纏まった作品が多い。青木春貫のこれ程の三所は少ない、と評されるように、揃いの拵えは貴重である。
春貫の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · 山城
現在23点販売中
大月派は江戸時代後期京都を中心に活躍した装剣金工の一派である。開祖大月光興は元禄期に京都に出て、横谷宗珉の高彫色絵の技法を学び、独自の作風を確立した。門人には川原林秀興、篠山篤興、天光堂秀国らがおり、特に秀興は師の技法を継承しながら大月派を隆盛に導いた。文化文政期には秀興の門下から松尾月山嘉六(金剛斎)が輩出され、大月派の伝統を幕末まで維持した。同派は赤銅・真鍮・鉄・四分一など多様な地金を用い、高彫色絵を駆使した華麗な作風で知られる。 大月派の技法的特徴は、精緻な魚子地に高肉彫と据紋を併用し、金や素銅による色絵を施す点にある。高肉彫には立体感豊かな鏨使いが見られ、特に動物の羽毛や龍の鱗など細部の表現に優れる。構図は大胆であり、広い鉄地空間と高彫部分の分量が絶妙な均衡を保つ。片切彫も併用し、人物・動植物・故事など幅広い画題を手掛ける。鐔の造形は竪丸形・葵形・撫角形など多様であり、打返耳に仕立てられるものが多い。地金の微妙な起伏により動静を表現し、彫刻と空間の対比によって主題を際立たせる手法は同派の真骨頂である。 大月派の作品は幕末京都の装剣金工を代表するものとして高く評価される。月山の「孔雀図鐔・縁頭」は魚子を微細に蒔き、据紋を一際高く据え、鏨使いの巧緻さと重厚な面持ちで孔雀の華麗さを極めている。「潜り龍図鐔」は蕩々と飛翔する金龍を生命力豊かに表し、鉄地の起伏と高肉彫の均衡が絶妙である。「衣川館図鐔」は前九年・後三年合戦の一場面を画題とし、両武者の微妙な状態の描写と館の細密な彫技が見事である。これら重要刀装指定作に見る通り、大月派は師流を忠実に継承しながら独自の境地を開き、京都金工の伝統を後世に伝えた。 詳しく見る →
特別保存刀装具の中から、特に出来が優れ、美術工芸的価値が極めて高く、国認定の重要美術品に準ずると判断されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトThree-day inspection period and seven-day return period; buyer notifies by email within three days of receipt, no reason needed; full refund once item returned undamaged and unaltered.
$28,500
重要刀装具 目貫 銘:春貫(割短冊銘) FMW00066 青木春貫は文化二年(1805年)に京都で生まれ、安政五年(1858年)二月十四日に没しました。青木甚助の子として生まれ、一説には山崎加賀春(大月光弘門)に師事したとも、あるいは独学でその才を成したとも伝えられています。その作風は後藤一乗や上杉加寿貫に比肩する格調高きもので、幕末後藤風の古典美を追求しました。また、加納夏雄の師であったとも言われています。姓は青木、通称は甚吉、号に青柳軒、青柳斎などがあります。 本作は春貫の卓越した技量を示す白眉といえる一対です。画題は「鶏合せ図」で、二人の貴人がそれぞれ闘鶏を膝に抱え、出番を待つ静かな緊張感を描いています。本作は2016年10月18日に開催された第62回重要刀装具審査において、その傑出した出来映えが認められ、重要刀装具に指定されました。 【指定品解説】 第62回重要刀装具(2016年10月18日指定) 鶏合せ図目貫(とりあわせず めぬき) 銘:春貫(金底割短冊銘) 形態:赤銅地 容彫 金色絵 銀色絵 赤銅象嵌 時代:江戸時代後期 解説: 青木春貫は通称を甚吉といい、文化二年に京都で生まれました。当初は小柄や匕首(小刀)の裏を専門に手掛け、「山甚裏」の異名で知られました。父・甚助に学び、後に大月派の山崎加賀春に師事したほか、上杉加寿貫や後藤一乗からも影響を受けたと伝えられています。 春貫の銘振りは特徴的な隷書体で知られ、「春貫」「青春貫」「青柳軒春貫」などと銘じます。作域の多くは赤銅や四分一を地鉄とし、緻密な高彫に繊細な色絵を施した、極めて装飾性の高い優品を残しています。
青木春貫は、甚吉といい、文化二年に京都で生まれた。 春貫は、小柄笄の裏師で、世に山甚裏と呼ばれた名手であった。 はじめ父の甚助 について学んでおり、のちに大月派の川崎加賀春に師事したとも、また上杉加寿貫や後藤一乗の教えを受けたともいうが定かでない。「春貫」「青 春貫」「青柳軒春貫」などと隷書風の特色ある書体で銘をきる。 作品の多くは赤銅や四分一などの地がねに、精巧な高彫や象嵌色絵を駆使したも のが多い。安政五年に五十四歳で歿し、門人に政貫がいる。 本作は、春貫の技術の高さを実感出来る作となっている。 いまにも、飛びかからんとする迫力ある鶏の表情や動き、またそれを止め、何かを 思うところがあるように感じられる宮人の風貌、 そしてその動きにさらなる真実性を与える各種の象嵌色絵使いなどが春貫の真骨頂を感じさせ てくれる。 格調高く引き締まった傑作である。
Certificate reading — 銘 春・貫








春貫
文化〜安政(1805-1858)
京都
在銘
重要 #62 (NBTHK)
青木春貫は、甚吉といい、文化二年に京都で生まれた。 春貫は、小柄笄の裏師で、世に山甚裏と呼ばれた名手であった。 はじめ父の甚助 について学んでおり、のちに大月派の川崎加賀春に師事したとも、また上杉加寿貫や後藤一乗の教えを受けたともいうが定かでない。「春貫」「青 春貫」「青柳軒春貫」などと隷書風の特色ある書体で銘をきる。 作品の多くは赤銅や四分一などの地がねに、精巧な高彫や象嵌色絵を駆使したも のが多い。安政五年に五十四歳で歿し、門人に政貫がいる。 本作は、春貫の技術の高さを実感出来る作となっている。 いまにも、飛びかからんとする迫力ある鶏の表情や動き、またそれを止め、何かを 思うところがあるように感じられる宮人の風貌、 そしてその動きにさらなる真実性を与える各種の象嵌色絵使いなどが春貫の真骨頂を感じさせ てくれる。 格調高く引き締まった傑作である。
町彫 · 山城
現在1点販売中
青木春貫は、甚吉といい、文化二年に京都で生まれた。春貫は、小柄笄の裏師で、世に山甚裏と呼ばれた名手であった。はじめ父の甚助について学んでおり、のちに大月派の川崎加賀春に師事したとも、また上杉加寿貫や後藤一乗の教えを受けたともいうが定かでない。「春貫」「青春貫」「青柳軒春貫」などと隷書風の特色ある書体で銘をきる。安政五年に五十四歳で歿し、門人に政貫がいる。京都大月派の金工とされており、幕末時代に活動した。
作品の多くは赤銅や四分一などの地がねに、精巧な高彫や象嵌色絵を駆使したものが多く、和漢の人物、動物、草花図の作品を見る。作風は、高彫、色絵、象嵌など多様な技法を駆使し、特に象嵌の技術に優れる。魚子地はきめ細かに蒔かれ、水紋や雲文に淀みがない。霊物の彫技はいずれも緻密で、鱗や毛並みの細部にいたるまで神経の行き届いた仕上がりを見せ、しかも面持ちは皆威厳に満ちている。金の色絵を最小限に控えながらも、それが全体の調子を引き締めている点も特徴である。
春貫の作は、「格調高く引き締まった傑作」[[c:1]]と評される。その作風は、精巧な彫技と象嵌色絵の技術によって、見る者に強い印象を与える。特に人物の表情は豊かであり、平象嵌の技術が見事である。同作中の傑作と評されるものも多く、総体に格調高く纏まった作品が多い。青木春貫のこれ程の三所は少ない、と評されるように、揃いの拵えは貴重である。
春貫の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · 山城
現在23点販売中
大月派は江戸時代後期京都を中心に活躍した装剣金工の一派である。開祖大月光興は元禄期に京都に出て、横谷宗珉の高彫色絵の技法を学び、独自の作風を確立した。門人には川原林秀興、篠山篤興、天光堂秀国らがおり、特に秀興は師の技法を継承しながら大月派を隆盛に導いた。文化文政期には秀興の門下から松尾月山嘉六(金剛斎)が輩出され、大月派の伝統を幕末まで維持した。同派は赤銅・真鍮・鉄・四分一など多様な地金を用い、高彫色絵を駆使した華麗な作風で知られる。 大月派の技法的特徴は、精緻な魚子地に高肉彫と据紋を併用し、金や素銅による色絵を施す点にある。高肉彫には立体感豊かな鏨使いが見られ、特に動物の羽毛や龍の鱗など細部の表現に優れる。構図は大胆であり、広い鉄地空間と高彫部分の分量が絶妙な均衡を保つ。片切彫も併用し、人物・動植物・故事など幅広い画題を手掛ける。鐔の造形は竪丸形・葵形・撫角形など多様であり、打返耳に仕立てられるものが多い。地金の微妙な起伏により動静を表現し、彫刻と空間の対比によって主題を際立たせる手法は同派の真骨頂である。 大月派の作品は幕末京都の装剣金工を代表するものとして高く評価される。月山の「孔雀図鐔・縁頭」は魚子を微細に蒔き、据紋を一際高く据え、鏨使いの巧緻さと重厚な面持ちで孔雀の華麗さを極めている。「潜り龍図鐔」は蕩々と飛翔する金龍を生命力豊かに表し、鉄地の起伏と高肉彫の均衡が絶妙である。「衣川館図鐔」は前九年・後三年合戦の一場面を画題とし、両武者の微妙な状態の描写と館の細密な彫技が見事である。これら重要刀装指定作に見る通り、大月派は師流を忠実に継承しながら独自の境地を開き、京都金工の伝統を後世に伝えた。 詳しく見る →
特別保存刀装具の中から、特に出来が優れ、美術工芸的価値が極めて高く、国認定の重要美術品に準ずると判断されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトThree-day inspection period and seven-day return period; buyer notifies by email within three days of receipt, no reason needed; full refund once item returned undamaged and unaltered.
$28,500