説明

当麻の重要刀剣、大和伝と相州伝の美点を兼ね備えた優品、元から先まで地刃すこぶる健全です。 当麻鍛冶は、二上山(にじょうざん)の麓、現奈良県葛城市当麻に今も残る、当麻寺に従属していた鍛冶集団で、鎌倉末期正応(一二八八~九二)頃と伝える国行を祖とし、以降南北朝期に掛けて活躍、門下には友行、友清、友長、友綱、国清、長有俊、有法師などいますが、在銘現存作は極僅かです。 同派の作風は、数少ない在銘品に限って言えば、良く錬られた板目に流れ肌交じる地鉄、刃文は沸匂い深い直刃調で互の目心を交えるなど、刃縁の食違刃、ほつれなどを度外視すれば、山城物を思わせる穏やかな出来ですが、古来より本阿弥家などによる無銘極めの作には、地景を交えた板目がうねるような地鉄、刃中に煌めく金筋など、地刃の沸がすこぶる烈しく、一見相州上工、新藤五国光、国廣、相州行光辺りと見紛うような、相州伝気質の作が多く見られるのが特徴です。 本作は、令和五年(二〇二三)、第六十九回の重要刀剣指定品、寸法二尺二寸九分、反りやや浅め、上品なスタイル、鎌倉最末期~南北朝初期に掛けての作と鑑せられます。 板目に杢目交じりで良く詰んだ良な地鉄は、所々流れて肌立ち、地景繁く入り、僅かに飛び焼き交じり、直湾れ調で小互の目交じりのは、刃縁明るく冴え、打ちのけ、湯走り、喰違刃掛かり、刃中葉、小足良く入り、金筋、砂流し掛かっています。 図譜には、『この刀は、姿態、地刃共に大和気質が強く現れている。 特に、刃中の働きが盛んで地刃も良く沸付くなど、覇気が表出し、大和物でも当麻に最も擬せられるものである。緩みのない肌合いが優れ、焼き刃の豊かな景色など、同派の優れた出来映えを示した一口である。』とあるように、大和伝と相州伝の良いとこ取りが当麻最大の見所、本作はそれが顕現されており、焼き刃も元から先まですこぶる健全です。 付属の外装は、斜めの刻みが入った幕末期の渋くてお洒落な作、当麻をお好きな方が思わず唸る逸品、強くお薦め致します。

刀 当麻(無銘) Katana:Taima(Mumei)
売切れ
Jūyō売切れ

刀 当麻(無銘) Katana:Taima(Mumei)

売却済

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仕様

長さ

69.4 cm

反り

1.3 cm

元幅

2.79 cm

先幅

1.93 cm

流派について

Taima School当麻派

1 国宝2 重要文化財4 重要美術品10 特別重要刀剣192 重要刀剣

当麻派は大和五派の一に数えられ、大和国当麻寺に隷属した一群の刀工に発する。祖は国行で、鎌倉時代末期に当麻の地に拠り、以下数代を経て南北朝期に栄えた。寺院に従属する工であったため自ら銘を切ることが少なく、その作は今日大半が無銘の極めものとして伝わり、在銘の確かな作は国行と有俊、さらに友清・友行・俊長らに僅かに遺るに過ぎない。一派の古さは、この系統を引くと伝える有俊の永仁六年紀の太刀によって裏づけられ、製作はこれより遡ると解される。寺工という出自は単なる来歴ではなく、その作風と彫物の双方に及ぶ。短刀や脇指に梵字、三鈷剣、護摩箸、素剣の類が刻まれるのは、当麻寺を中心とする大和の寺院世界に根ざした意匠であり、密教的な趣を帯びる。室町初期には信長が越前浅古へ移り、同銘が数代続いて浅古当麻と総称され、柾がかる鋼と沸の刃を北陸へ伝えた。 作風は大和諸派に通ずる語法に立つ。地鉄は流れる板目に杢を交え、刃寄りや処々で柾に集まって柾がかり、地沸が微塵に厚くつき、地景が頻りに入って冴える。鍛えが締まれば肌は静まり、大磨上の刀ではやや肌立ちて流れを開く。優れた作には地に沸映りが立つが、これは備前の乱れ映りではなく沸による反映であって、当麻の特色がここに最も強く現れると評者は読む。刃文は直刃を基調に浅くのたれ、小互の目・小丁子・二重刃・喰違刃を交え、刃縁はほつれ、刃中に足・葉が入って金筋・砂流しが頻りに閃き、匂口は明るく冴える。帽子は直ぐに掃きかけ、小丸に返り、あるいは返らずに焼詰め、時に乱れ込んで尖る。この掃きかけの止め方は遺例を貫く最も恒なる徴である。同じ大和の中にあって当麻を分かつのは、抑えた直刃の上に営まれる沸の働きが諸派より厚く豊かなことであり、有俊の永仁紀の作にみる連続した二重刃のごとく、その傾きが時に異風と称されるほどに目立つ。 鑑定の勘所は、この沸の働きと帽子、そして柾がかる地鉄の三つにある。流れて柾がかる板目に掃きかける帽子を併せて読むことが、より素朴な手掻や千手院の手から当麻を分かち、保昌の強い柾立つ地や尻懸の手とも別をなす。沸厚く二重刃や打のけのさかんな無銘の刀は当麻と鑑するのが妥当とされ、逆に地刃はよくとも刃が静かでこの働きを欠くものでは極めはなお控えめに示される。俊長のごとく高木貞宗に近い手は古来その弟子と伝えられたが、評者はこれを認めず、貞宗風の地に重なる大和の徴によって当麻と読む。祖たる国行は来派の同銘工と区別されつつ一派の格を定め、楷書風と行書風の二様の銘振りが当麻の作の徴とされる。遺例の多くが身幅広い南北朝の刀を大磨上にした無銘極めであるのは、一派が寺に隷属して銘を遺さなかったことの帰結であり、稀少な在銘作は手を定める資料として殊に貴ばれる。伝来は乏しく、致道博物館や徳川美術館に蔵されるものを除けば、多くは所在の知れぬ私蔵にあって、市場に現れることは稀である。

刀剣商

コレクション情報

samurai-nippon.net

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