説明

番号:AS26158 刀:白鞘入り(第17回重要刀剣指定) 銘:無銘(伝 当麻) 鞘書き:当麻 大磨上 長さ2尺2寸6分 昭和丁未(42年)冬 薫山誌(花押) 第17回重要刀剣指定 寒山博士追記あり (当店の格付けでは、最上作、上々作、上作、普通作の4段階に分類しております。本作は無銘(当麻)の中でも「最上作」にランクされる名品です。) ハバキ:金着二重ハバキ 刃長:68.4 cm(2 shaku 2 sun 6 bu) 反り:1.3 cm 目釘穴:3個(内1個埋め) 元幅:2.98 cm 先幅:2.03 cm 重ね:0.58 cm 刀身重量:770 g 時代:鎌倉時代中期から後期にかけて 体配:大磨上無銘。表裏に棒樋を掻き通す。 地鉄:板目肌立ち、地沸厚くつき、黒味を帯びた精良な地鉄となる。 刃文:直刃調に二重刃、打ちのけ、ほつれが入り、小足、葉が盛んに働く。 特徴:匂口深く潤んだ直刃を基調とし、刃中にはほつれ、打ちのけ、砂流し、金筋などの働きが豊富に見られ、当麻派の特色が顕著に表れています。 大和五派の一つである当麻派は、地鉄に柾目心が強く現れ、匂口の深い作風で知られます。 こうした複雑かつ深みのある働きは新刀や新々刀には見られないもので、特に当麻の作には格調高い雰囲気が漂います。 また、本作は薫山博士による鞘書きに加え、後に寒山博士による追記がなされている点も極めて珍しく、資料的価値も高い一振りです。 歴史的背景:鎌倉時代後期、日本は二度にわたる元寇による恩賞問題や、北条氏の得宗専制政治に対する不満から深刻な社会不安に陥っていました。こうした動乱の末、1333年に鎌倉幕府は滅亡。後醍醐天皇は足利尊氏らの協力を得て倒幕を果たし、建武の新政へと時代が移り変わる激動の時代にこの刀は打たれました。

Katana: Mumei(Unsigned) (attributed to Den Taima) (17th NBTHK Juyo Token)

Katana: Mumei(Unsigned) (attributed to Den Taima) (17th NBTHK Juyo Token)

¥3,500,000

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仕様

長さ

68.4 cm

反り

1.3 cm

元幅

2.98 cm

先幅

2.03 cm

流派について

Taima School当麻派

1 国宝2 重要文化財4 重要美術品10 特別重要刀剣192 重要刀剣

当麻派は大和五派の一に数えられ、大和国当麻寺に隷属した一群の刀工に発する。祖は国行で、鎌倉時代末期に当麻の地に拠り、以下数代を経て南北朝期に栄えた。寺院に従属する工であったため自ら銘を切ることが少なく、その作は今日大半が無銘の極めものとして伝わり、在銘の確かな作は国行と有俊、さらに友清・友行・俊長らに僅かに遺るに過ぎない。一派の古さは、この系統を引くと伝える有俊の永仁六年紀の太刀によって裏づけられ、製作はこれより遡ると解される。寺工という出自は単なる来歴ではなく、その作風と彫物の双方に及ぶ。短刀や脇指に梵字、三鈷剣、護摩箸、素剣の類が刻まれるのは、当麻寺を中心とする大和の寺院世界に根ざした意匠であり、密教的な趣を帯びる。室町初期には信長が越前浅古へ移り、同銘が数代続いて浅古当麻と総称され、柾がかる鋼と沸の刃を北陸へ伝えた。 作風は大和諸派に通ずる語法に立つ。地鉄は流れる板目に杢を交え、刃寄りや処々で柾に集まって柾がかり、地沸が微塵に厚くつき、地景が頻りに入って冴える。鍛えが締まれば肌は静まり、大磨上の刀ではやや肌立ちて流れを開く。優れた作には地に沸映りが立つが、これは備前の乱れ映りではなく沸による反映であって、当麻の特色がここに最も強く現れると評者は読む。刃文は直刃を基調に浅くのたれ、小互の目・小丁子・二重刃・喰違刃を交え、刃縁はほつれ、刃中に足・葉が入って金筋・砂流しが頻りに閃き、匂口は明るく冴える。帽子は直ぐに掃きかけ、小丸に返り、あるいは返らずに焼詰め、時に乱れ込んで尖る。この掃きかけの止め方は遺例を貫く最も恒なる徴である。同じ大和の中にあって当麻を分かつのは、抑えた直刃の上に営まれる沸の働きが諸派より厚く豊かなことであり、有俊の永仁紀の作にみる連続した二重刃のごとく、その傾きが時に異風と称されるほどに目立つ。 鑑定の勘所は、この沸の働きと帽子、そして柾がかる地鉄の三つにある。流れて柾がかる板目に掃きかける帽子を併せて読むことが、より素朴な手掻や千手院の手から当麻を分かち、保昌の強い柾立つ地や尻懸の手とも別をなす。沸厚く二重刃や打のけのさかんな無銘の刀は当麻と鑑するのが妥当とされ、逆に地刃はよくとも刃が静かでこの働きを欠くものでは極めはなお控えめに示される。俊長のごとく高木貞宗に近い手は古来その弟子と伝えられたが、評者はこれを認めず、貞宗風の地に重なる大和の徴によって当麻と読む。祖たる国行は来派の同銘工と区別されつつ一派の格を定め、楷書風と行書風の二様の銘振りが当麻の作の徴とされる。遺例の多くが身幅広い南北朝の刀を大磨上にした無銘極めであるのは、一派が寺に隷属して銘を遺さなかったことの帰結であり、稀少な在銘作は手を定める資料として殊に貴ばれる。伝来は乏しく、致道博物館や徳川美術館に蔵されるものを除けば、多くは所在の知れぬ私蔵にあって、市場に現れることは稀である。

刀剣商

葵美術

aoijapan.com

¥3,500,000

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