江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
日本刀 脇差 銘 加賀守藤原貞広(特別保存刀剣鑑定書付) 【解説】 概要 本作は、寛永十七年(1640年)に越前下坂(現在の福井県)で生まれ、江戸時代中期、特に元禄年間(1688-1704年)に活躍した加賀守藤原貞広による一振りです。 貞広は、室町時代末期に近江国下坂(滋賀県)で興り、江戸時代初期に越前へと移住した「越前下坂派」に属しています。表銘には受領名である「加賀守」と「藤原貞広」の銘が切られています。また、貞広は越前を離れた後、摂津国(大阪府)で作刀した記録も残されています。 茎(なかご)の裏には「南蛮鉄」の文字が刻まれています。南蛮鉄とは、室町末期から江戸初期にかけて海外から輸入された高品質な鉄を指します。当時の刀工たちはこれを単なる外来の素材としてではなく、その独特の特性を活かして作域を高めるための貴重な材料として重用しました。これは伝統的な日本刀製作における革新的な精神の表れでもあります。また、同じく茎に刻まれた「三色」という文字は、三種類の鋼を組み合わせて鍛えられたことを示唆していると考えられますが、その正確な定義については諸説あります。 越前下坂派について 越前下坂派の祖は、初代康継とされています。康継は室町時代末期に近江国下坂に生まれ、慶長年間(1596年〜)の初め頃まで同地で活動していましたが、主君の転封に伴い越前国へと移りました。その後、徳川家康の三男であり、江戸時代初期に越前を治めた結城秀康の知遇を得て、その庇護のもとで越前下坂派を確立し、その名は全国に轟くこととなりました。 秀康の推挙により、初代康継は徳川将軍家の御抱え鍛冶となり、家康・秀忠の両将軍からもその技量を高く評価されました。家康より「康」の一字を賜って名を康継と改め、茎に徳川家の家紋である「葵紋」を刻むことを許されたことは有名です。同派は江戸時代を通じて繁栄し、多くの名工を輩出しました。 越前国について 越前国は、鋭い切れ味と実用性に優れた刀剣を産出することで知られていました。江戸時代を通じて幕府からも多くの注文を受けています。越前には、日本刀五ヶ伝の一つである「美濃伝」の流れを汲む刀工が数多く移住しており、その技術的基盤となっていました。 鑑定 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に鑑定されています。この鑑定書は、保存状態が極めて良く、かつ美術的価値の高い真作の日本刀に対してのみ発行されるものです。 ※本作には僅かな鍛え傷(きたえきず)と小さな零れ(こぼれ)がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):46.5 cm 反り(Sori):1.3 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分





























越前 · 1661-1673頃
藤代 Chu saku
現在1点販売中
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
日本刀 脇差 銘 加賀守藤原貞広(特別保存刀剣鑑定書付) 【解説】 概要 本作は、寛永十七年(1640年)に越前下坂(現在の福井県)で生まれ、江戸時代中期、特に元禄年間(1688-1704年)に活躍した加賀守藤原貞広による一振りです。 貞広は、室町時代末期に近江国下坂(滋賀県)で興り、江戸時代初期に越前へと移住した「越前下坂派」に属しています。表銘には受領名である「加賀守」と「藤原貞広」の銘が切られています。また、貞広は越前を離れた後、摂津国(大阪府)で作刀した記録も残されています。 茎(なかご)の裏には「南蛮鉄」の文字が刻まれています。南蛮鉄とは、室町末期から江戸初期にかけて海外から輸入された高品質な鉄を指します。当時の刀工たちはこれを単なる外来の素材としてではなく、その独特の特性を活かして作域を高めるための貴重な材料として重用しました。これは伝統的な日本刀製作における革新的な精神の表れでもあります。また、同じく茎に刻まれた「三色」という文字は、三種類の鋼を組み合わせて鍛えられたことを示唆していると考えられますが、その正確な定義については諸説あります。 越前下坂派について 越前下坂派の祖は、初代康継とされています。康継は室町時代末期に近江国下坂に生まれ、慶長年間(1596年〜)の初め頃まで同地で活動していましたが、主君の転封に伴い越前国へと移りました。その後、徳川家康の三男であり、江戸時代初期に越前を治めた結城秀康の知遇を得て、その庇護のもとで越前下坂派を確立し、その名は全国に轟くこととなりました。 秀康の推挙により、初代康継は徳川将軍家の御抱え鍛冶となり、家康・秀忠の両将軍からもその技量を高く評価されました。家康より「康」の一字を賜って名を康継と改め、茎に徳川家の家紋である「葵紋」を刻むことを許されたことは有名です。同派は江戸時代を通じて繁栄し、多くの名工を輩出しました。 越前国について 越前国は、鋭い切れ味と実用性に優れた刀剣を産出することで知られていました。江戸時代を通じて幕府からも多くの注文を受けています。越前には、日本刀五ヶ伝の一つである「美濃伝」の流れを汲む刀工が数多く移住しており、その技術的基盤となっていました。 鑑定 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に鑑定されています。この鑑定書は、保存状態が極めて良く、かつ美術的価値の高い真作の日本刀に対してのみ発行されるものです。 ※本作には僅かな鍛え傷(きたえきず)と小さな零れ(こぼれ)がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):46.5 cm 反り(Sori):1.3 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分





























越前 · 1661-1673頃
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江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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