重量刀身のみ593gr 出ました出ました古いお家代々大切にしてされてきた美濃関の善定派の兼吉の太刀が出ました。兼吉の作品は全部が全部と言っても良いほどに家伝の直刃の焼刃の作品ですが、本刀の小互の目刃の兼吉を拝見した時は驚いて腰を抜かしそうになる位の刀の出現です。兼吉は大和手掻包吉の子が、大和志津包氏と共に関に移住し、大和志津は兼氏と名乗り、包吉は兼吉と名乗るようになり善定派の祖となりました。美濃の南北朝時代康応頃(1389年)(637年前)から続く大変古い名門刀匠です。兼吉の名は有名ですが戦国時代に多くは消耗されたためか現存作少なく本兼吉の太刀はある意味貴重です。本太刀銘の兼吉は太刀銘の為に室町時代永享頃(1429年)(597年前)丁度2代目の備前長船康光が活躍した同じ頃の兼吉でしょうか。古来兼吉は大和手掻の出の為に大和手掻派と同じ直調の古風な刃を焼くのがほとんどですが、本刀は小互の目乱刃を連続して焼いているのは例外的な刃紋です。本刀の姿は鎬のやや高い元身幅と先身幅との差の有る反りの有る良い太刀姿を現し。地金は小板目肌が詰み柾目肌を交え地には地沸がついて澄んだ地金を鍛えています。刃紋は匂い出来の小沸の付いた小互の目刃を連続して焼いています。この度古いお家の方より家代々大切にしてきた兼吉の太刀ですが自分達も年を取りましたので善定派の頭領鍛冶の兼吉の太刀を大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に現在審査にも出ていませんので素晴らしく良く出来た太刀ですがとりあえず希望銘の兼吉の太刀として特別に格安にてご提供いたします。付いている金着せ一重はばきもずしりと重く今作れば高価です、兼吉の太刀銘は拝見した事が有りませんので今は希望銘の兼吉として是非お楽しみ下さいませ。





















美濃伝 · 美濃
現在5点販売中
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
重量刀身のみ593gr 出ました出ました古いお家代々大切にしてされてきた美濃関の善定派の兼吉の太刀が出ました。兼吉の作品は全部が全部と言っても良いほどに家伝の直刃の焼刃の作品ですが、本刀の小互の目刃の兼吉を拝見した時は驚いて腰を抜かしそうになる位の刀の出現です。兼吉は大和手掻包吉の子が、大和志津包氏と共に関に移住し、大和志津は兼氏と名乗り、包吉は兼吉と名乗るようになり善定派の祖となりました。美濃の南北朝時代康応頃(1389年)(637年前)から続く大変古い名門刀匠です。兼吉の名は有名ですが戦国時代に多くは消耗されたためか現存作少なく本兼吉の太刀はある意味貴重です。本太刀銘の兼吉は太刀銘の為に室町時代永享頃(1429年)(597年前)丁度2代目の備前長船康光が活躍した同じ頃の兼吉でしょうか。古来兼吉は大和手掻の出の為に大和手掻派と同じ直調の古風な刃を焼くのがほとんどですが、本刀は小互の目乱刃を連続して焼いているのは例外的な刃紋です。本刀の姿は鎬のやや高い元身幅と先身幅との差の有る反りの有る良い太刀姿を現し。地金は小板目肌が詰み柾目肌を交え地には地沸がついて澄んだ地金を鍛えています。刃紋は匂い出来の小沸の付いた小互の目刃を連続して焼いています。この度古いお家の方より家代々大切にしてきた兼吉の太刀ですが自分達も年を取りましたので善定派の頭領鍛冶の兼吉の太刀を大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に現在審査にも出ていませんので素晴らしく良く出来た太刀ですがとりあえず希望銘の兼吉の太刀として特別に格安にてご提供いたします。付いている金着せ一重はばきもずしりと重く今作れば高価です、兼吉の太刀銘は拝見した事が有りませんので今は希望銘の兼吉として是非お楽しみ下さいませ。





















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