江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
特別保存刀剣 銘:長州住二王方清(元禄六年八月日) 裏銘:千秋万歳 【解説】 本作は、江戸時代前期の元禄六年(1693年)、長州住二王方清によって打たれた一振りです。方清は二王派の祖である清綱の末流にあたり、長門国萩、赤間関(下関)、豊浦などに居住しました。息子の二王九郎方清とともに、覇気ある作風で知られています。本作は反りが浅く、身幅が広く、重ねもしっかりと厚く、元禄期らしい力強い姿を呈しています。 また、本作は名工・粟田口国吉の精緻な地鉄と刃文を範にとり、入念に鍛え上げられた一振りです。裏銘には「千秋万歳」と刻まれており、永遠の繁栄と長寿を願う吉祥の意が込められた、極めて縁起の良い守り刀としての性格も併せ持っています。 二王派は鎌倉時代中期から室町時代末期にかけて周防国(現在の山口県)で大きく繁栄し、江戸時代までその伝統を繋いだ名門です。流祖は二王太郎清綱とされ、現存する最古の遺例は文永二年(1265年)の銘があり、現在は広島の厳島神社に奉納されています。二王の工らは、清房、清長など、祖の名から一字を取った「清」の字を代々受け継ぎました。 鎌倉から室町期にかけて、周防国には奈良・東大寺の荘園が多く存在したことから、大和伝の工らとの技術交流が盛んでした。そのため、二王派の作風には大和伝の強い影響が見られるのが特徴です。 「二王」の名の由来については、清綱の打った太刀が火災の際、二王堂の仁王像を繋いでいた鎖を切り離して救い出したという伝説や、あるいは居住地であった「二保庄(におのしょう)」にちなむという説が伝えられています。 本作は日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により、保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高い真作であることを証明する「特別保存刀剣」に指定されています。 【刀身】 長さ:70.2 cm(二尺三寸一分) 反り:1.8 cm(六分) 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地肌(地鉄):鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先:刀身の先端部分 茎(なかご):柄に収まる中心部分。時の経過とともに生じる黒錆は、赤錆を防ぐとともに、制作年代を特定する重要な指標となります。 【拵】 外装:鞘、柄、鍔などで構成される刀の装い 縁頭:柄の両端を保護する金具。本作は桜図を主題としており、拵全体と見事に調和しています。地鉄は細かな粒を均一に打ち出した「魚々子地(ななこじ)」が施されており、職人の緻密な技量が伺えます。 柄・目貫:刀を握る持ち手部分と、その中に配された装飾金具


























脇物 · 長門 · 1688-1704頃
刀剣大鑑 上位91%
現在1点販売中
脇物 · 周防
現在8点販売中
周防国二王派は、山陽道の西端、大和より海路と陸路で結ばれたこの国に興った古刀の一派である。保延頃の清真または清平を祖と伝えるが、いずれにも確かな遺作を見ず、今日では鎌倉時代の清綱を事実上の祖と仰ぐ。同派の在銘作として最も古いのは「文永二年三月 清綱」[[c:1]]と書き下しの銘をもつ太刀で、厳島神社に伝わり、初代を鑑する基準作とされる。次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、清綱の名が鎌倉末より南北朝、室町を経て新刀期に至るまで代を重ねて続いたことを示す。二王の呼称は同国仁保庄に居住したことに由来するとの説が有力である。周防には東大寺をはじめとする寺領が多く存し、二王派の作風に大和色が濃いのは、この大和本国との交流に負うものと考えられている。 構成員がそろって記すのは、柾がかって肌立つ地と、湿りをふくんだ直刃調の刃である。鍛えは板目に杢や流れ肌を交え、処々強く流れて柾がかり、細かに肌立ち、地沸がつき、地景の入るものもある。刃文は細直刃を基調とし、小互の目、小乱れ、小のたれを交え、小足・葉が入り、刃縁にほつれ・打のけ・喰違刃を見せ、小沸つき、金筋・砂流しがかかる。そして地鉄には冴えた映りではなく白け映りが立ち、これと対をなして匂口がうるむ。この白け映りとうるみの取り合わせこそ、構成員が立ち返って同派の個性と名指すところである。帽子は直ぐに小丸へ返るものが多い。鎌倉末期の古二王、すなわち清綱の手は、太刀が細身で鎬高く腰反り高い姿を示し、短刀は平造でわずかに内反りつく。これに対し応永頃の清永ら後代の末二王は、小板目のよく約んだ地に流れ柾を交え、身幅広く反りの浅い平造短刀を多く遺し、櫃内に鶴亀や二王の彫を施す作も見せて、古二王の静けさからやや作域を広げる。 鑑定の勘所は、拠り所を同じくする大和や青江、山城来の直刃とどう分かつかにある。流れて柾がかる鍛えは大和の血脈を望ませ、細直刃の素地は来を望ませるが、来や手掻に見る冴えた匂口は、ここではより湿った沈みごころの態に替わる。白け映りとうるみの一方ではなく、その二つが地と刃に並び立つことが、同派を他と分かつ見どころである。在銘の太刀・短刀は棟寄りに細鏨の二字銘を切り、原鑢の鷹の羽を残すものがあり、これを古い手の清綱の典型として初代に充てる。無銘大磨上の刀は、流れて柾がかり肌立った鍛え、白け映り、うるみ刃文という同じ拠り所を裏から読んで極められる。主要工としては事実上の祖たる清綱が同派を測る代であり、末二王の清永がこれに次いで一派の継続を支える。遺例は確実なものこそ多くないが、最古手の在銘太刀をはじめ在銘・無銘の数口が基準作に列なり、地刃に緩みなく同派の特色をよくあらわす。来歴の遺るところには格があり、ある太刀は徳川宗家の手を経て後に美術館へ納まり、在銘の一口は大阪の旧蔵を経て伝来し、年紀の基準作は厳島神社に伝存する。鷹の羽の鑢目と古い二字銘を残した在銘の清綱は、西国の鎌倉作を集める者が出会い得る最も稀なもののひとつで、現れたときには一里塚となる。 詳しく見る →
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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