龍図透鐔 山城國西陣住埋忠 -Yamashiro no Kuni Nishijin-jū Umetada- 縦74.1ミリ 横73.7ミリ 切羽台厚5.7ミリ 重量121グラム 江戸前期 Early Edo period 附属 桐箱 埋忠家は桃山時代から江戸時代初期にかけて京都を拠点に活動した刀工・刀装具師の一門で、初代埋忠明寿は刀剣製作、研磨、彫物など多方面で優れた技術を示した名工として知られています。刀装具においても鉄地や赤銅地を用いた透鐔や彫鐔など数多くの優品を制作し、その洗練された作風は後世の京都金工に大きな影響を与えました。埋忠の銘を切る作品には後世の極めや追銘を含むものも少なくなく、一作ごとの検討が重要とされています。 本作は鉄地を力強く透かし、一条の龍を円形いっぱいに配した堂々たる構成を見せる作品です。龍の頭部は迫力に富み、全身に刻まれた鱗は一枚一枚まで丁寧に表現され、四肢や爪にも確かな彫技がうかがえます。目と牙には真鍮嵌を施し、落ち着いた色合いの鉄味との対比によって龍の生命感を巧みに引き立てています。厚みのある肉置きと均整の取れた透かしは見応えがあり、耳際まで破綻なくまとめられた構図からも作者の高い技量が感じられます。 本作は日本美術刀剣保存協会の審査において、銘について「研究の余地あり」として審査保留となった経緯がありますが、これは銘の真偽について結論が示されなかったことを意味します。一方で、作品そのものは鉄味・彫技・構成のいずれにも優れ、埋忠の名にふさわしい高い完成度を備えた一枚として評価できる優品です。









埋忠派
江戸
山城
在銘
新刀 · Kyoto
現在52点販売中
埋忠派は桃山時代を代表する金工集団であり、刀装具制作において後藤家と並び称される名流である。その鐔制作の技術は他の追随を許さず、古来より「埋忠鐔」の名を以て絶賛されている。特に埋忠彦次郎を中心とする本流は、吉川広家指料の「碇切り」に代表される苔鑢の妙技で知られ、金無垢地に施された鑢目の高尚な品格は筆舌に尽くせないほどである。桃山期における溌剌とした芸術精神を反映し、鐔の世界に新生面を拓いた。 作風の特徴として、金無垢、素銅、真鍮など多様な地金を用い、絶妙な肉取りの平地に締まった肉置きを見せる。斜めに掛けられた鑢や角耳の鑢仕立ては埋忠の真髄であり、切羽台外周に施された微妙な角度の配慮は、拵や刀装具を熟知した技術者ならではの工夫である。意匠は桜花透、胡蝶透、葡萄文、菊唐草文など図案化された文様を陰透や平象嵌で表し、明寿が創始した赤銅・銀・金の平象嵌研出しの技法は極めて効果的である。家紋を散らした刻印打込や七宝象嵌など装飾性に富み、絵画的で雅な雰囲気が満ちている。 江戸時代に入ると京都金工界において後藤、平田、正阿弥と各派が互いに影響し合い、埋忠派もその作風に変化を見せている。埋忠寿斉の銘がある慶長十年正月の縁頭は、金無垢地に家紋散図を施した豪華な仕立てであり、上層武家の需要に応えた作例として知られる。金無垢の鐔は度々の激動期に鋳潰されたため桃山期以前の作品は極めて少なく、現存する作例は資料的にも貴重である。埋忠二字銘の作品も江戸前期に見られ、明寿に近い出来を示すものもある。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
龍図透鐔 山城國西陣住埋忠 -Yamashiro no Kuni Nishijin-jū Umetada- 縦74.1ミリ 横73.7ミリ 切羽台厚5.7ミリ 重量121グラム 江戸前期 Early Edo period 附属 桐箱 埋忠家は桃山時代から江戸時代初期にかけて京都を拠点に活動した刀工・刀装具師の一門で、初代埋忠明寿は刀剣製作、研磨、彫物など多方面で優れた技術を示した名工として知られています。刀装具においても鉄地や赤銅地を用いた透鐔や彫鐔など数多くの優品を制作し、その洗練された作風は後世の京都金工に大きな影響を与えました。埋忠の銘を切る作品には後世の極めや追銘を含むものも少なくなく、一作ごとの検討が重要とされています。 本作は鉄地を力強く透かし、一条の龍を円形いっぱいに配した堂々たる構成を見せる作品です。龍の頭部は迫力に富み、全身に刻まれた鱗は一枚一枚まで丁寧に表現され、四肢や爪にも確かな彫技がうかがえます。目と牙には真鍮嵌を施し、落ち着いた色合いの鉄味との対比によって龍の生命感を巧みに引き立てています。厚みのある肉置きと均整の取れた透かしは見応えがあり、耳際まで破綻なくまとめられた構図からも作者の高い技量が感じられます。 本作は日本美術刀剣保存協会の審査において、銘について「研究の余地あり」として審査保留となった経緯がありますが、これは銘の真偽について結論が示されなかったことを意味します。一方で、作品そのものは鉄味・彫技・構成のいずれにも優れ、埋忠の名にふさわしい高い完成度を備えた一枚として評価できる優品です。









埋忠派
江戸
山城
在銘
新刀 · Kyoto
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埋忠派は桃山時代を代表する金工集団であり、刀装具制作において後藤家と並び称される名流である。その鐔制作の技術は他の追随を許さず、古来より「埋忠鐔」の名を以て絶賛されている。特に埋忠彦次郎を中心とする本流は、吉川広家指料の「碇切り」に代表される苔鑢の妙技で知られ、金無垢地に施された鑢目の高尚な品格は筆舌に尽くせないほどである。桃山期における溌剌とした芸術精神を反映し、鐔の世界に新生面を拓いた。 作風の特徴として、金無垢、素銅、真鍮など多様な地金を用い、絶妙な肉取りの平地に締まった肉置きを見せる。斜めに掛けられた鑢や角耳の鑢仕立ては埋忠の真髄であり、切羽台外周に施された微妙な角度の配慮は、拵や刀装具を熟知した技術者ならではの工夫である。意匠は桜花透、胡蝶透、葡萄文、菊唐草文など図案化された文様を陰透や平象嵌で表し、明寿が創始した赤銅・銀・金の平象嵌研出しの技法は極めて効果的である。家紋を散らした刻印打込や七宝象嵌など装飾性に富み、絵画的で雅な雰囲気が満ちている。 江戸時代に入ると京都金工界において後藤、平田、正阿弥と各派が互いに影響し合い、埋忠派もその作風に変化を見せている。埋忠寿斉の銘がある慶長十年正月の縁頭は、金無垢地に家紋散図を施した豪華な仕立てであり、上層武家の需要に応えた作例として知られる。金無垢の鐔は度々の激動期に鋳潰されたため桃山期以前の作品は極めて少なく、現存する作例は資料的にも貴重である。埋忠二字銘の作品も江戸前期に見られ、明寿に近い出来を示すものもある。 詳しく見る →
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