説明

出ました出ました織田信長や豊臣秀吉や徳川家康に仕えて、京都聚楽第、伏見城、宇和島城、伊予大洲城、今治城、伏見城、江戸城、二条城、和歌山城、大坂城、等々の20以上の城を築城した築城の名手として戦国大名で有名な藤堂高虎に、親交の有った剣豪宮本武蔵の推薦でお抱え鍛冶となった本脇差の作者上総守兼重は古来長曽祢興里入道虎鉄の師と言われておりましたが、今は父和泉守兼重が虎徹の師で本脇差の子の上総守兼重は虎徹の親しい兄弟子として一緒に鍛刀に切磋琢磨した仲です。上総守兼重は主の藤堂高虎が同じく上総守を受領した為に後に主家に遠慮して上総介兼重と改名する忠義の教養ある刀匠としも特に有名です。本脇差は元身幅広く先身幅とのやや差の有る反りの有る切っ先がやや延びた豪快な脇差姿を現し、地金は小板目肌が良く詰み柾目肌を交え、彫りは棒樋を丸留めに留め上手です。刃紋は虎鉄と同じく匂い出来に小沸が付いた互の目刃が連なり数珠刃となり刃中に太い足が入り明るく良く出来ておりまったく長曽祢興里入道虎鉄の名脇差を見るごとき素晴らしい出来です。御覧の様な江戸期の贅を凝らした総金具一作拵えの今では出来ない見事な高価な脇差拵えが超がつく高級武士の差料として一層華を添えております。この度古いお数寄者様から虎徹より良く出来た脇差だと思い長年大切にしていた上総守兼重の名脇差ですが自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に、昔にお買いになった価格の三分の一の特別に格安の価格でご提供いたします。拝見する事の無い上総守兼重の名脇差を是非お楽しみ下さい。

上総守兼重(虎鉄の兄弟子) Kazusanokami Kaneshige
Tokuho

上総守兼重(虎鉄の兄弟子) Kazusanokami Kaneshige

脇差

¥1,100,000

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

54.6 cm

反り

1.2 cm

元幅

3.19 cm

先幅

2.14 cm

流派について

Edo Kaneshige School和泉守兼重派

兼重は、初代康継・繁慶についで江戸にあらわれた鍛冶で、説示は初代和泉守兼重をもと越前の矢ノ根鍛冶とし、のちに江戸へ出て刀鍛冶に転じたと伝える。古今鍛冶備考の説に拠るとあり、その現存作で最も早い年紀は寛永二年八月日紀の薙刀で、作刀は明暦の頃にまで及ぶ。和泉守と上総介の両者は従来同人とされ、藤堂和泉守に抱えられたために主君と受領銘が同じであることを憚って上総介に改めたと伝えられてきたが、辻上総介藤原兼重四十三歳於江戸作之康継下坂市之丞云々と銘じた脇指、ならびに寛文六年紀の康継合作刀の存在によって、上総介兼重は寛永三年の生まれと算せられ、和泉守とは明らかに別人であることが説示に示される。二代上総介兼重は和泉守兼重の子または弟子とみられる兼重二代目であり、上総守と冠することもあって、作刀はおよそ明暦・万治から始まり、寛文・延宝の頃が活躍期で、虎徹と同時代に位置する。近年は両者の銘字を比較検討して代替りの時期を慶安期とし、二代も初期には和泉守を冠したのち上総守・上総介を交互に用い、さらに二代の子と伝える助九郎兼常による代銘を指摘するなど、新説が打ち出されているという。 作風は説示が初二代に分けて記す。初代和泉守の作は大別して二様で、一はのたれを基調に互の目が連れて交じり足の入ったもの、一は沸匂深く直刃仕立に浅くのたれをおびた刃取りで匂口が明るく冴えるものである。鍛えは小板目肌がよくつみ、あるいは板目に杢・流れ肌を交えて肌立ちごころとなり、地沸が微塵に厚くつき地景が細かによく入る。直刃の作では広直刃に浅いのたれをおびて沸筋がかかり、匂が一段と深く沸が厚くつくところが、この作域を手懸けた折の特色とされる。二代上総介の作は、直刃調に互の目が連れて数珠刃風となるのが本領で、足太く頻りに入り、金筋・砂流しがかかって匂口が明るい。互の目を一つ焼くと次は二つ焼くというふうに、一つ二つと繰り返して焼く一定のリズムが見られ、これが大きな見どころと説示は繰り返す。姿は身幅尋常、元先の幅差つき、反り浅く中鋒の詰まった寛文新刀の体配を示し、寛永・正保頃の作には慶長新刀から寛文新刀へ移行する過渡的な姿もあらわれる。茎には化粧風の鑢がかかり、後世の装飾的な化粧鑢の原形とみられると説示はほぼ一様に記す。 伝承の要点として説示が重んじるのは虎徹との関係である。二代は虎徹同様に数珠刃を得意とし、万治四年の山野加右衛門尉永久の金象嵌截断銘の脇指に虎徹に先立って完全な数珠刃を焼いた作があることから、その作風が後の虎徹の数珠刃に大きな影響を及ぼしたと想像に難くないとし、初代もまた虎徹の師と云われるとの伝を引く。一見虎徹を髣髴させ、ほとんど虎徹に見紛う程の出来とする評が諸作に見え、長曽祢虎徹や法城寺一派と類似した数珠刃風の互の目を江戸鍛冶相互の影響のうちに焼いたとも説く。截断銘を伴う作が多いのも特色で、山野加右衛門尉永久、勘十郎時代の同人、柴崎伝左衛門正次、前島八郎友次らの金象嵌截断銘が裏に添えられ、三ツ胴・二ツ胴截断の業物として遇されたことを示す。茎の隷書風の独特の書体による五字・七字・長銘も同工識別の手懸りであり、銘字の太細や大小の推移が前後期の判別に資する。明暦三年紀や寛文・延宝紀の作を含め、説示は数珠刃の完成度と直刃の冴えの両面に同派の到達を見ている。

刀剣商

明倫産業

nipponto.co.jp

¥1,100,000

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