説明

重量刀身のみ825gr 出ました出ました一度は持ちたい業物の作者泰龍斎宗寛の素晴らしい名刀が出ました。泰龍斎宗寛は師固山宗次と共に大変良く切れる刀として人気の刀工です。幕末文政初年(1818年)(210年前)奥州白河に大野平蔵の子として生まれました。嘉永初年下総古川藩8万石の藩工に選ばれ、藩命で嘉永4年(1851年)(174年前)33歳の時に江戸に上り固山宗次に入門します。安政元年(1853年)(172年前)より泰龍斎と号します。安政四年頃(1857年)(168年前)から銘も楷書体から独特な隷書体に改めます。本刀は安政七年(1860年)(165年前)彦根藩主井伊直弼による安政の大獄で日本全国の幕府に反抗する尊王攘夷派の人々が大弾圧を受けその年の3月24日には桜田門外で大老井伊直弼が討たれるという大事件が起き幕末動乱期に向かう時、全国の刀鍛冶にとっては一世一代の大仕事を成し遂げ名をあげる絶好の機会を迎えた緊張感ある新年の泰龍斎宗寛42歳の脂の乗り切った時の正月打ちの大傑作刀です。本刀は特別注文品の為元身幅広く先身幅も広い切っ先の延びた豪壮な刀姿を現し、地金は板目肌素晴らしく良く詰み力強い地金を現し、彫りは棒樋を丸留めに止め上手です。刃紋は匂い出来の小互の目に丁子足を長く焼いた宗寛独特の泰龍斎宗寛丁子刃を焼いて覇気があり破綻が無く見事です、本刀は中心の錆が充分にまだ付いていないところも有る位保存が良く健全で特に地刃が素晴らしく良く冴えて、師固山宗次の作品ををはるかに凌ぐ作品で将来の大出世が楽しみな名刀です。今回世の中に初めて奇跡的に出た為に特別に格安にてご提供いたします。大変貴重な泰龍斎宗寛の健全な大名刀を是非お楽しみください。

泰龍斎宗寛造之 安政七年正月日 Tairyusai Sokan
Tokuho

泰龍斎宗寛造之 安政七年正月日 Tairyusai Sokan

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仕様

長さ

70.2 cm

反り

1.8 cm

元幅

3.3 cm

先幅

2.7 cm

作者について

Koyama Munetsugu Sokan宗寛

1 重要文化財4 重要刀剣

宗寛は文政初年に大野平蔵の子として奥州白河城下に生まれた。鍛刀の師は固山宗次であり、その作刀は天保の末年頃から始まる。作風の変遷として、阿武隈川宗寛と銘し生まれ故郷の阿武隈川を姓として用いた時期、泰龍斎の号を常用しだした安政元年頃からの時期、江戸深川箱崎に居住した時期、嘉永初年頃から下総国古河藩の抱え工となった時期などが知られる。銘字は初め楷書体であるが、安政四年八月頃から隷書体に改めている。明治に入っても作刀しているが、廃刀令以後は見られない。明治十六年一月二十三日に歿している。 宗寛の作風は、身幅が広く重ね厚く、反り浅く大鋒となる新々刀期の豪壮な姿を呈する点に特色がある。鍛えは小板目肌がよくつみ、地沸が厚くつき、地景が細かによく入る。刃文は丁子乱れを基調とし、小丁子、小互の目、互の目、袋丁子風の刃、角ばる刃などを交え、足が長くよく入り、匂勝ちに小沸つき、細かに金筋、砂流しがかかる。匂口は明るく冴える。帽子は乱れ込み、先小丸、長く返る。作風の時期的な変化として、比較的初期の作は丁子に出入りが見られ、焼刃に高低があって変化に富む傾向がある。截断銘を伴う作も遺されており、伊賀乗重のような人物が試刀に関わったことが知られる。 宗寛の刀は、地刃ともに健全で、総じて出来が良い。特に、匂口明るく冴えた刃が頑健な姿形に映える点が評価される。新々刀期の豪壮な姿を示しつつ、華やかな作風を示すものもある。截断銘と共に、宗寛の高い技術が遺憾なく発揮されている点が評価される。

刀剣商

明倫産業

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