鍔 菊葉図 銘:長州住八道作 長州は藩の政策として鍔を輸出していたことから、長州の鍔はとても多く、日本で一番といわれるくらい作品が残っています。多くの在銘の作品が残ることから、多くの鐔工の名前がわかっており、中井・河治を筆頭に岡田・岡本・金子・中原・藤井・井上・八道の諸家が特に有名です。 八道家については系図が残らず、この鍔にも個人名までは彫られていないため、江戸時代のものということはわかりますが、更に詳しい時期などは不明です。 表裏にわたって菊の葉が散らされ、葉の上の水滴は金色絵で表現されています。 やや大きめですが重さが標準的ですので、長めの御刀でしたら種類を問わず、お使い頂けるものです。 販売価格 (税込) ¥65,000 在庫状態 : 注文可 注文可 数量 素材など 鉄地金色絵 重さ 113g 縦 84.3mm 横 84.3mm 耳厚 4.0mm 切羽台厚 4.3mm 上記以外の内容をお知りになりたい方は、お問合せ番号「AT1741」を添えてお気軽に お問い合わせフォーム よりお問合せください。



長州派
江戸
在銘
鐔工 · 長門
現在20点販売中
長州(長門国)における鐔工の伝統は、京都の平安城透の鐔工が周防・長門の大内家に招かれて移住したことに始まる。この移住により古萩と呼ばれる一派が成立し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて繁栄した。その後、毛利家の庇護のもとで長州は「東の会津、西の長州」と称されるほどの鐔の一大産地へと発展し、鐔工の数と作品数において全国有数の地位を占めるに至った。河治・中原・八道・岡田・岡本・金子・中井など多くの流派が輩出し、なかでも中井派の友恒(善助)は毛利家の抱え工として宝暦八年より三人扶持四石を支給され、萩鐔隆盛の一翼を担う名工として聞こえている。 長州鐔の作風は鉄地を基調とする。古萩は、画題が殆ど枝菊の鉄鐔であり、陰陽の透しを施して陰透しの線の細いところは京透に近似する一方、陽透しの部分は薄肉風に表され、「他工には見られない独特の雅味」と「繊細さと豊艶を併せ持つ渋みと柔らかな雅趣」を生み出している。後代の中井派はこの鉄地の伝統を継承しつつ、より広範な技法を駆使した。薄手の鉄地あるいは槌目鍛の鉄鐔を用い、鋤出高彫・肉彫地透・象嵌色絵・金布目象嵌など種々の工法を展開し、手長猿の遊ぶ山間の景や式三番を演じる翁と三番叟など、動きのある構図を見事に造形している。引き締まった肉取り、効果的な色金の配置、鋭く切り立った角耳に施された金布目象嵌など、鋭敏にして華麗な仕上げに特色がある。 長州鐔の伝統は、地方の鐔工群の枠を超えた存在として刀装具史上に独自の位置を占める。中井善助友恒の傑出した作品について、審査では「いわゆる萩鐔の範疇を超越した出来栄え」[[c:1]]であり「構図、彫技、鉄味ともに傑出している」[[c:2]]と評している。一方、古萩の作域は京都の透鐔の系譜に根ざしながらも「他の透鐔工には見られない古萩特有のもの」へと昇華されており、長門国における金工の深い蓄積と数世紀にわたる連続性を物語っている。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
鍔 菊葉図 銘:長州住八道作 長州は藩の政策として鍔を輸出していたことから、長州の鍔はとても多く、日本で一番といわれるくらい作品が残っています。多くの在銘の作品が残ることから、多くの鐔工の名前がわかっており、中井・河治を筆頭に岡田・岡本・金子・中原・藤井・井上・八道の諸家が特に有名です。 八道家については系図が残らず、この鍔にも個人名までは彫られていないため、江戸時代のものということはわかりますが、更に詳しい時期などは不明です。 表裏にわたって菊の葉が散らされ、葉の上の水滴は金色絵で表現されています。 やや大きめですが重さが標準的ですので、長めの御刀でしたら種類を問わず、お使い頂けるものです。 販売価格 (税込) ¥65,000 在庫状態 : 注文可 注文可 数量 素材など 鉄地金色絵 重さ 113g 縦 84.3mm 横 84.3mm 耳厚 4.0mm 切羽台厚 4.3mm 上記以外の内容をお知りになりたい方は、お問合せ番号「AT1741」を添えてお気軽に お問い合わせフォーム よりお問合せください。



長州派
江戸
在銘
鐔工 · 長門
現在20点販売中
長州(長門国)における鐔工の伝統は、京都の平安城透の鐔工が周防・長門の大内家に招かれて移住したことに始まる。この移住により古萩と呼ばれる一派が成立し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて繁栄した。その後、毛利家の庇護のもとで長州は「東の会津、西の長州」と称されるほどの鐔の一大産地へと発展し、鐔工の数と作品数において全国有数の地位を占めるに至った。河治・中原・八道・岡田・岡本・金子・中井など多くの流派が輩出し、なかでも中井派の友恒(善助)は毛利家の抱え工として宝暦八年より三人扶持四石を支給され、萩鐔隆盛の一翼を担う名工として聞こえている。 長州鐔の作風は鉄地を基調とする。古萩は、画題が殆ど枝菊の鉄鐔であり、陰陽の透しを施して陰透しの線の細いところは京透に近似する一方、陽透しの部分は薄肉風に表され、「他工には見られない独特の雅味」と「繊細さと豊艶を併せ持つ渋みと柔らかな雅趣」を生み出している。後代の中井派はこの鉄地の伝統を継承しつつ、より広範な技法を駆使した。薄手の鉄地あるいは槌目鍛の鉄鐔を用い、鋤出高彫・肉彫地透・象嵌色絵・金布目象嵌など種々の工法を展開し、手長猿の遊ぶ山間の景や式三番を演じる翁と三番叟など、動きのある構図を見事に造形している。引き締まった肉取り、効果的な色金の配置、鋭く切り立った角耳に施された金布目象嵌など、鋭敏にして華麗な仕上げに特色がある。 長州鐔の伝統は、地方の鐔工群の枠を超えた存在として刀装具史上に独自の位置を占める。中井善助友恒の傑出した作品について、審査では「いわゆる萩鐔の範疇を超越した出来栄え」[[c:1]]であり「構図、彫技、鉄味ともに傑出している」[[c:2]]と評している。一方、古萩の作域は京都の透鐔の系譜に根ざしながらも「他の透鐔工には見られない古萩特有のもの」へと昇華されており、長門国における金工の深い蓄積と数世紀にわたる連続性を物語っている。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。