説明

時代 : 江戸末期 国 : 肥後国 証書 : 財団法人日本美術刀剣保存協会 保存刀剣 鑑定書 外装 : 拵付白鞘入 刃長 : 9寸8分強 反り : 1分 目釘穴 : 1個 元幅・元重 : 28.5mm・6.6mm Period : Late Edo Country : Higo Paper : NBTHK Hozon Paper Fittings : Koshirae + Shirasaya Length : 29.8cm Curve : 0.3cm Hole : 1 Bottom Width,Thickness : 28.5mm・6.6mm 鎌倉中期から山城国では来派が活躍し、この来派が肥後国菊地へ移住したのが延寿派といわれています。国村が延寿派の祖であるとされ、鎌倉末期から南北朝期にかけて大いに繁栄し、その子孫は大正頃の27代末孫延寿国俊まで門跡を残したとあります。山口県下松市花岡八幡宮所蔵には、新古刀を通じて最長の大太刀である「破邪の御太刀」(刃長345.5cm、全長465.5cm、75kg)(安政六年1859)があります。これは幕末の尊皇攘夷思想を背景として、氏子が南朝方の刀匠であった延寿派の末裔である延寿国村27代国綱(後、国俊と改銘)に特注した奉納刀で、砂鉄300貫(1125kg)を用い、川を堰きとめ焼き入れを行う等の逸話が残されているほどのものです。 本作は文政七年(1824)の延寿国俊の短刀で、上記の27代と同人かは定かではありませんが、延寿国村末孫で、水心子正秀門の延寿国秀(国日出)の子といわれております。平造、表裏梵字に護摩箸の彫があり、鍛えは板目少し肌立ち杢交って流れ心があり、黒い地景風の鉄入り、刃紋は刃口締まる互の目乱れに、刃先小沸、砂流つき、刃縁にしきりに銀筋働く勢いのある新々刀期らしい刃です。附の拵は、縁頭、鐔、小尻が真鍮地の一作金具で、目貫、小柄は龍図、鞘には雨竜の蒔絵があり統一感があります。

短刀 延寿国俊 文政七年二月吉日 / Tanto Enjyu Kunitoshi A.D.1824
売切れ
Hozon売切れ

短刀 延寿国俊 文政七年二月吉日 / Tanto Enjyu Kunitoshi A.D.1824

売却済

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時代

Koka (1844-1848)

仕様

長さ

29.7 cm

反り

0.3 cm

元幅

2.85 cm

流派について

Enju School延寿派

1 重要美術品2 特別重要刀剣109 重要刀剣

肥後国菊池郡隈府の地に興った延寿派は、京の来の作風を九州へ移した一門である。その祖を太郎国村とし、通説に大和千手院派の弘村の子で来国行の娘聟となり、その外孫として来の工房に学んだと伝える。延寿の名はその来の一字に通うとされ、一門の出自を山城の血脈に結ぶ。国村のまわりには国時・国泰・国資・国吉・国信・国友・国綱らの上手がほぼ時を同じくして輩出し、鎌倉時代末葉から南北朝期にかけて菊池郡の地に大いに繁栄した。延寿の工は南朝に忠なる菊池氏に属し、年紀ある作には正平・延元など南朝の年号を刻むものがあって、一門の活動とその歴史を地に結びつけている。 延寿の作は概ね来派に類似し、各工に際立った個性が少ないため、一門は個々の手よりも一団として読まれる。その共通の語法は地鉄に最もよく現れる。鍛えは小板目がよくつんで詰み、杢を交え刃寄りに流れて柾ごころを帯び、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入る。その上に立つのが一門第一の見どころたる白け映りで、明るく冴える来の地鉄とは異なる、冷たく霞んだ映りである。刃文は中直刃あるいは細直刃を本体とし、小互の目・小足を交え、しばしば二重刃を見せ、匂口は幾分沈みごころとなって穏やかに焼く。帽子は来が小丸に締めて返るのに対し、先の丸味がやや大きい大丸となって返り浅く、先に掃きかけるものが多い。これらの柾ごころ・白け映り・沈みごころの匂口・穏やかな刃中の働き・丸味の大きい大丸帽子が、来に似てやや異なる延寿の見どころであり、真の来から一門を分かつ要となる。本間は延寿を「来に似てやや異なる」とし、その直刃の刃中の働きを来一派の直刃よりも淋しいと記す。その淋しく冷えた趣こそ一派の眼目である。 延寿の鑑定の勘所は、なべてこの来との別にある。輪反りや京風が一見来を想わせても、地の流れ・白け映り・沈む匂口より延寿と看取し、来に比して地刃やや弱しとされる。一門に個性が少ないがゆえに、主要工はその一様の中から程度の差によって絞られる。祖国村は細身で元先の幅差が顕著、反り高く小鋒に結ぶ独特の姿態をもって無銘の延寿を己に引き寄せる。国時は遺例が比較的多く作柄の平均点も高い代表工で、一門の抑えた直刃を誰よりも賑やかに働かせる。国泰は地刃の沸が一門の中で最も強くつき、佳作は明るく冴える。国資は刃中の働きが最も豊かで、寸延びの作に火焰風の帽子という一門に類のない働きを示す。国吉は地刃の冴えにおいて延寿の弱点を脱した垢抜けた手を遺し、国信は遺例こそ少ないが刃に沿う二重刃を殊に鮮明に見せる。これらの諸工はいずれも国の字を冠し、その「国」構の右半を耳形に切る銘振りを共有して他派にまぎれず、藤代に上々作以上の格を得る。伝来も地方工としては厚く、来歴の確かな作が黒田家・徳川家・伊達家・上杉家・細川家などの旧家を経、林原美術館・出光美術館・徳川美術館・佐野美術館をはじめとする機関に蔵される。在銘生ぶの太刀や身幅広い在銘の短刀は遺るものが少なく、多くは大磨上無銘の極めとして伝わるため、肥後の山城風を手に取りうる機会はおのずから限られている。

刀剣商

勝武堂

shoubudou.co.jp

売切れ