説明

本短刀は備後(広島県)室町時代応永頃(1384年)(636年前)の法華派の秀景の貴重な短刀です。法華派は(ほっけ)と大変語呂が良い為に古来(ほっけ)(ほっけ)と言って大変有名ですが残念がら現存作無く本短刀は素晴らしく貴重です。法華派は大和伝と備前伝が上手に交わった作風です。本秀景の姿は反りの無い元身幅広い一時代前の南北朝時代の姿を現し、地金は板目肌良く鍛えられ、刃寄りには柾肌を現し地には地景を現し、彫は棒樋を掻き流しています。刃紋は匂い出来ののたれ乱れ調の刃に小互の目を交え刃中に砂流しを交え素晴らしく魅力ある刃を焼いています。拵えは江戸期の梨地変わり塗鞘の付いた兎の金無垢目貫の付いた出し鮫合口拵えが本法華秀景の短刀に一段と豪華に華を添えています。小柄は欠、この度世の中に初めて生で出た為に特別に格安にて御提供いたします、愛刀家垂涎の的で現存作の無い貴重な法華秀景の名短刀を是非お楽しみ下さい。

備州住秀景(法華) Bishuju Hidekage(Hokke)
売切れ
Hozon売切れ

備州住秀景(法華) Bishuju Hidekage(Hokke)

短刀

売却済

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仕様

長さ

28.3 cm

0
元幅

2.84 cm

先幅

1.78 cm

流派について

Hokke School法華派

7 重要刀剣

法華派は備後国葦田郡を本拠とした一群の刀工で、南北朝時代より室町期にかけて活躍した。『古今銘尽大全』に拠れば、同じ備後の三原物とは別系の葦田郡物に属し、その流祖を助国とする。一乗の号を冠する工が多く、三原正家の子と伝える一乗を祖として同名数代が室町に及び、銘は「法華一乗」「法華作」「一乗作」あるいは「一」の字のみ、さらに一の下に個銘を加えるものや個名だけのものなど多様である。現存する作の銘から、一乗のほか兼安、行吉、重安、重家、信兼、重吉、重康、季次、親次、吉次といった工が知られ、室町期には草戸千軒の地に金次が活躍した例も確認される。草戸は中世に栄えた都市であり、ここに法華一乗派の作例が認められることは、一派の広がりを示すものである。 作風は説示に共通して記される。鍛えは板目に杢や流れ肌を交え、刃寄りはしばしば柾がかって総体に肌立ち、地沸がつき地景が入って、かねは白け、白け映りないし映り風が立つ。ややねっとりとした粘り気のある肌合を呈する作と、荒く肌立つ作とがある。刃文は焼の低い穏やかな直刃、あるいは直刃調に小互の目が連れて交じるものを基調とし、足・葉が入り、匂勝ちに小沸がついて、刃縁にほつれ・打のけ・喰違刃などを交え、砂流し・金筋がかかる。匂口は沈みごころとなるのが常で、締まりごころのものもある。帽子には二様があり、直ぐ調ないし乱れ込んで先を焼詰める大和気質の窺えるものと、先が尖って長く返るものとが見られる。彫物は棒樋や添樋を掻き流すことが多い。これらは板目の流れる地鉄、白け映り、沈みごころの匂口に大和の特色を示しつつ、備後物らしい趣を備える。 鑑定の要点は近隣の作との見分けにある。地刃に三原を思わせるところがありながら、沸が一段と強くつき、帽子が尖って深く返る点に法華の独自性が窺える。また直刃調に小丁子・小互の目を交え匂勝ちに小沸のつく出来は一見青江派さながらであるが、鎬の高い造り込みや細かに掃きかける帽子に大和気質が看取され、備後物に見られる大和気質と青江風の混在として理解される。「備州住」と居住地をきる銘は鎌倉末より南北朝にかけて多く備後国を指し、銘鑑に載らぬ工もこの作域から同派と判断される。代表的な遺品には正平・応安・貞治・明徳の年紀を帯びた在銘作があり、なかでも生ぶ茎在銘年紀入りの太刀は南北朝最盛期の遺例として貴重とされる。光忠が無銘の一刀を一乗と極めた例も伝わり、後世の鑑定における同派の位置づけを示している。

刀剣商

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