説明

鎌備後国法華とは、三原派とは別系の備後国葦田郡の国分寺跡に於いて鍛刀した一派を指し、その祖を助国と伝え、日蓮宗の信者に支持されていたとも云われています。 現在の鑑定基準として、法華極めの無銘物は、南北朝~室町初期にかけての作とされていますが、国分寺助國も法華に含むとするならば、もう一時代あげて鎌倉末期~室町初期と捉えても良いのではないかと思われ、この太刀も体配から鑑て“鎌倉後期乃至末期”と鑑たいところです。 本刀は太刀をそのまま稚児用に縮尺した珍しい小太刀で、写真を見る限りでは二尺六寸前後ある太刀にしか見えず、これが一尺七寸六厘とは到底思えません。 当時の高級武将が自らの子供用に特別注文で鍛えさせたものでしょう。 杢目肌良く練れて肌立った地鉄には映りが立ち、匂口締りたる直刃に、直ぐに丸く上品に返った帽子。無疵無欠点と出来も良く、更には製作当時のうぶ姿をとどめ、研ぎ減りもない、健全無比なる本小太刀は、時代変遷による体配の研究に於いても資料的価値が高い名品中の名品です。 各種クレジットカード、ショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

無銘(法華)- Mumei (Hokke) - 1-041

無銘(法華)- Mumei (Hokke) - 1-041

太刀

¥1,980,000

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仕様

長さ

51.7 cm

反り

1.95 cm

元幅

2.53 cm

先幅

1.77 cm

流派について

Hokke School法華派

7 重要刀剣

法華派は備後国葦田郡を本拠とした一群の刀工で、南北朝時代より室町期にかけて活躍した。『古今銘尽大全』に拠れば、同じ備後の三原物とは別系の葦田郡物に属し、その流祖を助国とする。一乗の号を冠する工が多く、三原正家の子と伝える一乗を祖として同名数代が室町に及び、銘は「法華一乗」「法華作」「一乗作」あるいは「一」の字のみ、さらに一の下に個銘を加えるものや個名だけのものなど多様である。現存する作の銘から、一乗のほか兼安、行吉、重安、重家、信兼、重吉、重康、季次、親次、吉次といった工が知られ、室町期には草戸千軒の地に金次が活躍した例も確認される。草戸は中世に栄えた都市であり、ここに法華一乗派の作例が認められることは、一派の広がりを示すものである。 作風は説示に共通して記される。鍛えは板目に杢や流れ肌を交え、刃寄りはしばしば柾がかって総体に肌立ち、地沸がつき地景が入って、かねは白け、白け映りないし映り風が立つ。ややねっとりとした粘り気のある肌合を呈する作と、荒く肌立つ作とがある。刃文は焼の低い穏やかな直刃、あるいは直刃調に小互の目が連れて交じるものを基調とし、足・葉が入り、匂勝ちに小沸がついて、刃縁にほつれ・打のけ・喰違刃などを交え、砂流し・金筋がかかる。匂口は沈みごころとなるのが常で、締まりごころのものもある。帽子には二様があり、直ぐ調ないし乱れ込んで先を焼詰める大和気質の窺えるものと、先が尖って長く返るものとが見られる。彫物は棒樋や添樋を掻き流すことが多い。これらは板目の流れる地鉄、白け映り、沈みごころの匂口に大和の特色を示しつつ、備後物らしい趣を備える。 鑑定の要点は近隣の作との見分けにある。地刃に三原を思わせるところがありながら、沸が一段と強くつき、帽子が尖って深く返る点に法華の独自性が窺える。また直刃調に小丁子・小互の目を交え匂勝ちに小沸のつく出来は一見青江派さながらであるが、鎬の高い造り込みや細かに掃きかける帽子に大和気質が看取され、備後物に見られる大和気質と青江風の混在として理解される。「備州住」と居住地をきる銘は鎌倉末より南北朝にかけて多く備後国を指し、銘鑑に載らぬ工もこの作域から同派と判断される。代表的な遺品には正平・応安・貞治・明徳の年紀を帯びた在銘作があり、なかでも生ぶ茎在銘年紀入りの太刀は南北朝最盛期の遺例として貴重とされる。光忠が無銘の一刀を一乗と極めた例も伝わり、後世の鑑定における同派の位置づけを示している。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥1,980,000

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