説明

大和には五派の刀工集団がいますが、当麻、保昌、手掻、尻懸そして最も古い刀工集団で本刀は大和の千手院に所属していた寺院鍛冶です。本刀は鎌倉末期(正中頃)(1324年頃)(約700年前)の千手院の刀で、姿は大すりあげで鎬が高く優美な姿を現し、反りがやや深く先反りが健全なために有り、切っ先やや延び鎌倉期の太刀姿を現した大すりあげ無銘の貴重な太刀です。地鉄は板目肌に地に地景と細かな地沸がつき初期日本刀の趣のある大変古調な地金を鍛えています。刃紋は古調な小沸出来ののたれ乱れ刃に刃中に砂流しや金筋が多く現れ、相州正宗が手本にしたと言われる、大和上工の作で素晴らしく古調な趣のある刃を焼いています。大和千手院と極められた本刀は大変貴重な名刀です。鎌倉時代の刀は大変少なく将来の出世が楽しみな刀です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にてご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。

伝千手院(大和千手院は貴重な刀です) Den Senjuin
売切れ
Tokuho売切れ

伝千手院(大和千手院は貴重な刀です) Den Senjuin

売却済

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

65.1 cm

反り

1.7 cm

元幅

2.98 cm

先幅

1.94 cm

作者について

Senjuin千手院

千手院派は、大和五派の中で最も発祥が古いとされ、奈良の若草山の西山麓、千手観音をまつる千手堂のある千手谷と呼ばれる地で栄えた。古伝書によれば、平安時代後期に行信、重弘の二名工がいたと伝えられるが、確実な遺例は未見である。鎌倉時代初期には「千手院」と三字銘のある太刀が現存するものの、総じて在銘作は少ない。これは、千手院派を含む大和鍛冶が寺院の僧兵の需要に応えていたためと考えられる。門流は鎌倉時代から南北朝時代にかけて存続した。 千手院派の作風は、地鉄に大和伝の特徴が顕著に表れる。板目肌を基本とし、大板目、杢目、流れ柾が交じり、総体に肌立ちごころとなる。地沸が厚くつき、地景が頻りに入り、淡く沸映りが立つものもある。刃文は直刃調を基調とし、浅くのたれ、小互の目、小丁子、小乱れなどが交じる。刃縁にはほつれ、打のけ、喰違刃、二重刃などが現れ、金筋、砂流しが頻りにかかる。帽子は直ぐに小丸、掃きかけるものが多い。姿は鎬造、庵棟で、鎬幅が広く鎬が高いもの、腰反りが高く踏張りがあり、中鋒ないし小鋒となるものなどが見られる。総じて古調な作風を示し、地刃ともに健全で、地沸が厚くつき、刃中の沸が明るく輝くものが評価される。 千手院派の刀剣は、古雅な姿態と地刃の働きが評価される。特に、地沸を厚く敷き、地景を織りなした鍛え、刃中の足や葉の働き、刃沸の妙味などが重視される。本阿弥家では、古来より大和物として賑やかに乱れているものに千手院の極めをあてる傾向があったとされる。現存する太刀や刀は、姿、地鉄、刃文において大和伝の特色をよく示しており、その古様さから千手院の極めは首肯される。総じて出来が良く、地刃の健全さが保たれているものが優品とされる。

刀剣商

明倫産業

nipponto.co.jp

売切れ