大坂は町人の都であり、刀も金の流れに従った。脇差一腰しか許されぬ町人のための贅沢な作、助広の濤瀾乱れ、大坂正宗と呼ばれた真改。率直に言えば、見られるために作られた刀である。
骨董日本刀 脇差 初代助広 銘 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別保存刀剣鑑定書付 【解説】 本作は、寛永から慶安年間(1624-1652年:江戸時代前期)にかけて活躍した「摂州住藤原助広」による一振りです。「摂州」とは摂津国(現在の大阪府)の別称であり、銘文の「摂州住」は助広が同地で作刀したことを示しています。 助広の名は三代にわたって受け継がれましたが、本作はNBTHKの鑑定により、江戸時代前期の大阪を代表する名工である「初代助広」の真作と認められています。初代助広は播磨国津田(現在の兵庫県)の出身で、後に大阪へ移り、名工・河内守国助の門下に入りました。また、江戸時代屈指の巨匠として名高い「津田越前守助広(二代助広)」の実父としても知られています。 江戸時代後期の山田浅右衛門による著書『懐宝剣尺』において、初代助広の作品は「最上大業物(極めて斬れ味が優れている刀)」に列せられています。幕府の御用試斬役であった山田浅右衛門が、名だたる刀工たちの斬れ味を格付けした中で、最高位の評価を得ていることは特筆に値します。 「大阪新刀」について 助広の作品は「大阪新刀」に分類されます。新刀とは慶長から天明年間(1596-1781年)に打たれた刀を指し、その中でも大阪で制作されたものは大阪新刀と呼ばれます。豊臣秀吉による大坂城築城後、大阪は城下町・商業の中心地として繁栄し、多くの刀工が機会を求めて集まりました。彼らは大阪の武士のみならず、全国の諸大名のためにも作刀しました。津田助広、井上真改、粟田口近江守忠綱などは、その代表格です。 大阪新刀の大きな特徴の一つは、地鉄(じがね)の美しさにあります。良質な玉鋼の産地が近かったことから、大阪の刀工たちは質の高い原料を入手することができ、極めて精緻で美しい地肌を焼き上げることが可能となりました。 本作は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)より「特別保存刀剣」に認定されています。これは保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高い真作の日本刀にのみ与えられる証です。 【刀身】 長さ(Nagasa):54.8 cm 反り(Sori):1.2 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造。 地文(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様。 切先(Kissaki):刀身の先端部分。 茎(Nakago):柄に収まる中心(なかご)部分。 刀工は柄の中での赤錆を防ぐため、茎に黒錆を残します。この経年による茎の色の変化(朽ち込み)は、専門家が制作年代を推定する際の重要な指標となります。 【拵】 拵(Koshirae):鞘、柄、鍔などを含めた外装一式。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端に取り付けられた一対の金具。 本作の縁頭には、日本の伝統的な画題である「竹虎図」が施されています。虎は勇猛さの象徴であり、古来よりその文様は魔除けの力を持つと信じられてきました。

























新刀 · 摂津 · 1624-1644頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位21%
現在1点販売中
助廣の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新刀 · 摂津
現在26点販売中
助広一門は、摂津国大坂に拠って江戸時代前期に活躍した新刀の一系であり、その名は初代そぼろ助広に始まる。初代助広は、もと播磨国国衙庄津田の数打工であったと伝わり、後に大坂へ出て初代河内守国助の門に学んだ。国助はもと石堂派の出身であり、初代助広が丁子乱れを得意として匂口締まりごころに小沸をつけ、足・葉を交えた一見石堂風の作柄を示すのも、この師系に由来する。切り添えられた「そほろ」の銘によりそぼろ助広とも通称され、寛文三年に歿した。その二代を継いだのが津田越前守助広である。越前守助広は寛永十四年に摂州打出村に生まれ、通称を甚之丞といい、初代の門に学んでその歿後に二代目を襲い、明暦三年に越前守を受領し、寛文七年には大坂城代青山因幡守宗俊に召し抱えられ、天和二年に四十六歳で歿した。門人には近江国高木に生まれて二代助広に学び、後にその妹婿になったと伝える津田近江守助直があり、いずれも寛文・延宝を中心とする大坂新刀の中核を成した。 本一門の作風は、大坂鍛えに特有の精緻な地鉄と、明るく深い匂口を共通の身上とする。鍛えは小板目肌がよくつんで些かの緩みもなく、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入り、かねが冴える。刃文は元を直ぐに焼き出す大坂焼出しを置き、その上に二代助広が創始した濤瀾乱れを焼くのを特色とする。濤瀾は大互の目に互の目・小のたれを交えて大きくうねる独特の刃文で、足太く入り、匂深く小沸厚くつき、金筋・砂流しがかかり、匂口が明るく冴える。二代助広は初期に石堂風の丁子乱れを焼き、ついで互の目乱れを経て濤瀾へと至り一世を風靡したが、直刃もまた頗る巧みで、同地大坂の井上真改と双璧と称された。助広の直刃は浅く五つにのたれを帯び、横手下から焼幅を広める手癖を示し、沸の粒が真改より細かく、刃縁が奉書紙を裂いたように地へ向かって細かに働く点が見どころとされる。門人助直は師の濤瀾をよく継承しつつ、互の目乱れやのたれ・直刃にも作域を広げ、中には師に迫る出来を見せた。茎には入山形の茎尻に大筋違や筋違の鑢に香包の化粧鑢を施し、角津田・丸津田の銘を切る点も一門を分かつ手掛かりとなる。 助広が古来重んじられてきたのは、濤瀾という新刀屈指の華やかな刃文を創始し、かつ直刃にも比類なき冴えを示した両面の妙によるところが大きい。鑑定にあたっては、精緻によくつんだ小板目肌、微塵に厚くつく地沸、深く明るい匂口、そして大坂焼出しから立ち上がる濤瀾の態を要点とする。代表作には、大坂城代青山宗俊の命により助広四十二歳の時に鵜首造の異風な姿で鍛え、雨乞いの願いを込めて倶利迦羅と梵字を彫った延宝六年紀の大太刀「村雨」があり、青山家に代々秘蔵された。その濃密な彫物は助広自身彫ではなく、当時大坂で活躍した彫師長坂遊鵬軒の手になるものと推され、同様の彫例は助直や一竿子忠綱・伊勢守国輝らの作にもうかがえる。さらに井上真改との合作の脇指も知られ、茎仕立てから鑢目、銘字に至るまで助広の主座が看取され、大坂新刀を代表する両雄の協同を伝える資料として価値が高い。門人助直の天和年紀の濤瀾の傑作とともに、これらの優品は、大坂新刀の到達点を今に示すものである。 詳しく見る →
大坂は町人の都であり、刀も金の流れに従った。脇差一腰しか許されぬ町人のための贅沢な作、助広の濤瀾乱れ、大坂正宗と呼ばれた真改。率直に言えば、見られるために作られた刀である。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
骨董日本刀 脇差 初代助広 銘 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別保存刀剣鑑定書付 【解説】 本作は、寛永から慶安年間(1624-1652年:江戸時代前期)にかけて活躍した「摂州住藤原助広」による一振りです。「摂州」とは摂津国(現在の大阪府)の別称であり、銘文の「摂州住」は助広が同地で作刀したことを示しています。 助広の名は三代にわたって受け継がれましたが、本作はNBTHKの鑑定により、江戸時代前期の大阪を代表する名工である「初代助広」の真作と認められています。初代助広は播磨国津田(現在の兵庫県)の出身で、後に大阪へ移り、名工・河内守国助の門下に入りました。また、江戸時代屈指の巨匠として名高い「津田越前守助広(二代助広)」の実父としても知られています。 江戸時代後期の山田浅右衛門による著書『懐宝剣尺』において、初代助広の作品は「最上大業物(極めて斬れ味が優れている刀)」に列せられています。幕府の御用試斬役であった山田浅右衛門が、名だたる刀工たちの斬れ味を格付けした中で、最高位の評価を得ていることは特筆に値します。 「大阪新刀」について 助広の作品は「大阪新刀」に分類されます。新刀とは慶長から天明年間(1596-1781年)に打たれた刀を指し、その中でも大阪で制作されたものは大阪新刀と呼ばれます。豊臣秀吉による大坂城築城後、大阪は城下町・商業の中心地として繁栄し、多くの刀工が機会を求めて集まりました。彼らは大阪の武士のみならず、全国の諸大名のためにも作刀しました。津田助広、井上真改、粟田口近江守忠綱などは、その代表格です。 大阪新刀の大きな特徴の一つは、地鉄(じがね)の美しさにあります。良質な玉鋼の産地が近かったことから、大阪の刀工たちは質の高い原料を入手することができ、極めて精緻で美しい地肌を焼き上げることが可能となりました。 本作は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)より「特別保存刀剣」に認定されています。これは保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高い真作の日本刀にのみ与えられる証です。 【刀身】 長さ(Nagasa):54.8 cm 反り(Sori):1.2 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造。 地文(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様。 切先(Kissaki):刀身の先端部分。 茎(Nakago):柄に収まる中心(なかご)部分。 刀工は柄の中での赤錆を防ぐため、茎に黒錆を残します。この経年による茎の色の変化(朽ち込み)は、専門家が制作年代を推定する際の重要な指標となります。 【拵】 拵(Koshirae):鞘、柄、鍔などを含めた外装一式。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端に取り付けられた一対の金具。 本作の縁頭には、日本の伝統的な画題である「竹虎図」が施されています。虎は勇猛さの象徴であり、古来よりその文様は魔除けの力を持つと信じられてきました。

























新刀 · 摂津 · 1624-1644頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位21%
現在1点販売中
助廣の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新刀 · 摂津
現在26点販売中
助広一門は、摂津国大坂に拠って江戸時代前期に活躍した新刀の一系であり、その名は初代そぼろ助広に始まる。初代助広は、もと播磨国国衙庄津田の数打工であったと伝わり、後に大坂へ出て初代河内守国助の門に学んだ。国助はもと石堂派の出身であり、初代助広が丁子乱れを得意として匂口締まりごころに小沸をつけ、足・葉を交えた一見石堂風の作柄を示すのも、この師系に由来する。切り添えられた「そほろ」の銘によりそぼろ助広とも通称され、寛文三年に歿した。その二代を継いだのが津田越前守助広である。越前守助広は寛永十四年に摂州打出村に生まれ、通称を甚之丞といい、初代の門に学んでその歿後に二代目を襲い、明暦三年に越前守を受領し、寛文七年には大坂城代青山因幡守宗俊に召し抱えられ、天和二年に四十六歳で歿した。門人には近江国高木に生まれて二代助広に学び、後にその妹婿になったと伝える津田近江守助直があり、いずれも寛文・延宝を中心とする大坂新刀の中核を成した。 本一門の作風は、大坂鍛えに特有の精緻な地鉄と、明るく深い匂口を共通の身上とする。鍛えは小板目肌がよくつんで些かの緩みもなく、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入り、かねが冴える。刃文は元を直ぐに焼き出す大坂焼出しを置き、その上に二代助広が創始した濤瀾乱れを焼くのを特色とする。濤瀾は大互の目に互の目・小のたれを交えて大きくうねる独特の刃文で、足太く入り、匂深く小沸厚くつき、金筋・砂流しがかかり、匂口が明るく冴える。二代助広は初期に石堂風の丁子乱れを焼き、ついで互の目乱れを経て濤瀾へと至り一世を風靡したが、直刃もまた頗る巧みで、同地大坂の井上真改と双璧と称された。助広の直刃は浅く五つにのたれを帯び、横手下から焼幅を広める手癖を示し、沸の粒が真改より細かく、刃縁が奉書紙を裂いたように地へ向かって細かに働く点が見どころとされる。門人助直は師の濤瀾をよく継承しつつ、互の目乱れやのたれ・直刃にも作域を広げ、中には師に迫る出来を見せた。茎には入山形の茎尻に大筋違や筋違の鑢に香包の化粧鑢を施し、角津田・丸津田の銘を切る点も一門を分かつ手掛かりとなる。 助広が古来重んじられてきたのは、濤瀾という新刀屈指の華やかな刃文を創始し、かつ直刃にも比類なき冴えを示した両面の妙によるところが大きい。鑑定にあたっては、精緻によくつんだ小板目肌、微塵に厚くつく地沸、深く明るい匂口、そして大坂焼出しから立ち上がる濤瀾の態を要点とする。代表作には、大坂城代青山宗俊の命により助広四十二歳の時に鵜首造の異風な姿で鍛え、雨乞いの願いを込めて倶利迦羅と梵字を彫った延宝六年紀の大太刀「村雨」があり、青山家に代々秘蔵された。その濃密な彫物は助広自身彫ではなく、当時大坂で活躍した彫師長坂遊鵬軒の手になるものと推され、同様の彫例は助直や一竿子忠綱・伊勢守国輝らの作にもうかがえる。さらに井上真改との合作の脇指も知られ、茎仕立てから鑢目、銘字に至るまで助広の主座が看取され、大坂新刀を代表する両雄の協同を伝える資料として価値が高い。門人助直の天和年紀の濤瀾の傑作とともに、これらの優品は、大坂新刀の到達点を今に示すものである。 詳しく見る →
大坂は町人の都であり、刀も金の流れに従った。脇差一腰しか許されぬ町人のための贅沢な作、助広の濤瀾乱れ、大坂正宗と呼ばれた真改。率直に言えば、見られるために作られた刀である。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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