大坂は町人の都であり、刀も金の流れに従った。脇差一腰しか許されぬ町人のための贅沢な作、助広の濤瀾乱れ、大坂正宗と呼ばれた真改。率直に言えば、見られるために作られた刀である。
特別保存刀剣鑑定書付 和泉大掾藤原国輝(初代) 銘 【解説】 本作は江戸時代前期、伊予国(現在の愛媛県)にて活躍した和泉大掾藤原国輝による一振りです。国輝の名は江戸前期から後期にかけて数代続きますが、本作は寛文年間(1661-1673年)に最も円熟した作刀を見せた初代国輝の作と鑑せられます。 初代国輝は、安芸国(広島県)の三好長国の門人であり、本名を三好太郎兵衛、初期には長清と銘じていました。師である長国が松山藩主・加藤嘉明に召し抱えられ伊予国へ移住した際、国輝もこれに従います。後に長国は伊予を去りますが、国輝は同地に留まり、寛文九年(1668年)に和泉大掾を受領しました。元禄九年(1696年)、七十歳で没しています。 国輝の代々はいずれも受領銘を拝領していますが、中でも初代、二代、七代が名工として知られています。 「国」を「輝」かすというその瑞祥烈な銘振りから、同藩の高級武士の間で殊の外珍重されたと推察されます。和泉大掾という名誉ある受領銘を許されたことからも、その技量の高さは疑いようがなく、本作を手に取れば当時の卓越した職人技を存分に堪能いただけます。 本作は公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)において「特別保存刀剣」に指定されています。これは保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値が特に高い真作の日本刀にのみ与えられる格付けです。 【刀身】 長さ(Nagasa):62.3 cm 反り(Sori):1.1 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 茎(Nakago): 日本刀の柄に収まる中心(なかご)部分です。刀工が意図的に残した黒錆は、柄内部での赤錆の発生を防ぐ役割を果たします。経年による茎の朽ち込みや錆色は、専門家が製作年代を特定する上での重要な指標となります。 【外装(Koshirae)】 打刀拵:鞘、柄、鍔などによって構成される日本刀の外装です。 縁頭(Fuchi-Kashira): 柄の両端を保護し装飾する一対の金具です。 本作の縁頭は、赤銅魚子地(ななこじ)の技法が用いられています。魚子地鏨(ななこじだがね)を打ち込むことで、魚の卵が連なったような繊細な粒状の突起を地一面に施した意匠です。 頭(かしら)には菊の花と唐草文様が配されています。菊は古来より延命長寿の薬草として大陸から伝来し、秋を象徴する花として愛されてきました。放射状に広がる花弁が太陽になぞらえられ、不老長寿や無病息災の象徴とされています。 また、周囲に配された唐草文様は、蔓が途切れることなく伸び続ける生命力の強さから、一族の繁栄や長寿を願う吉祥文様として尊ばれています。


















新刀 · 伊予 · 1661-1675頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位76%
現在3点販売中
國輝の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
新刀 · 摂津
現在82点販売中
大坂新刀は、商都大坂を本拠として江戸前期から中期にかけて興隆した摂津の一門である。その草創は京の堀川一門にあり、堀川国広の門に学んだ和泉守国貞、親国貞こと国貞と河内守国助とが、慶長十九年に師の没した後そろって大坂へ下り、この地に鍛刀の家を興した。国助は伝に伊勢国の出にして石堂の流れを汲み、堀川より受け継いだ枯れた肌合とともに、古備前を慕う石堂の丁子をこの地にもたらした。そこへ大和文殊系の包保・包道に承けた越後守包貞が摂州に居を構え、肥後菊池より出て井上真改の門を叩いた貞則のごとき遊歴の工も加わって、堀川と石堂と文殊の脈が大坂の地で一つの作域に結ばれていった。やがて親国貞の子真改、津田越前守助広、一竿子忠綱らがあらわれ、寛文・延宝・元禄の頃にこの一門は最も華やぐ。 一門の作風は、まず明るく冴える大坂鍛えに標識を持つ。鍛えはよくつんだ無地風の小板目で、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かにさかんに入り、鉄色は明るく潤う。その地の上に、刃区を直ぐに焼き出し、その上から己の刃文を起こすのが一門に通じる約束で、収集家のいう大坂焼出しである。匂口は終始深く明るく冴え、刃縁は締まる。この共通の文法の上に、各工はおのおのの差を置く。井上真改は華やかな乱れを焼かず、よくつんだ精美な地に浅いのたれを帯びた沸深き直刃を本領とし、相州の郷義弘への意図的な写しにその沸の妙味を尽くして、大坂正宗と称された。津田助広は波濤のごとくうねる濤瀾刃を創始し、真改の小沸の直刃と並んで両大関と仰がれる。一竿子忠綱は揃った長足の丁子に簾刃の濤瀾を交え、何にもまして真の倶利迦羅や鯉の滝上りを刻んだ一竿子彫をもって分かたれる。河内守国助の家は丁子の旗頭で、二代中河内は握り拳の頭を戴く拳形丁子を創始して新刀一文字と賞され、その弟肥後守国康や四男国輝もこの石堂の丁子と津田風の濤瀾を担った。越後守包貞は助広に倣う濤瀾に片山乱れと文珠の砂流しを通わせ、貞則は師真改の沸深き直刃をよく継いだ。共通するのは明るい匂口と直ぐの焼出し、異なるのは真改の沈める沸、助広の濤瀾、国助一門の丁子という、地の上に置かれた手の差である。 収集家が大坂新刀を求める理由は、鑑定の勘所が明快で、主要工の格が高いことにある。明るく冴える大坂鍛えと、刃を起こす直ぐの焼出しという二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、真改の沸深き郷写し、忠綱の一竿子彫、中河内の拳形丁子といった各工独自の標識が、そこに重なって名を分かつ。一門の作はおおむね在銘年紀で、銘そのものが時の標識となるため、由緒の確かさをもって賞翫される。真改や助広や忠綱の最上手は市に現れることが稀で、現れれば一頭地を抜く出来事となるが、包貞・国助・国康・国輝のごとき名手の在銘作は、辛抱をもって相応に相見え、大坂新刀へ分け入る手近な入口を提供する。来歴の知られる作は谷干城や山内家、皇室の蔵を経て近代に伝わり、美術刀剣としての魅力は、真改の沸と助広の濤瀾が後世の刀鍛冶に及ぼした影響とともに、商都大坂が新刀期に成し遂げた一個の到達を今に伝える。 詳しく見る →
大坂は町人の都であり、刀も金の流れに従った。脇差一腰しか許されぬ町人のための贅沢な作、助広の濤瀾乱れ、大坂正宗と呼ばれた真改。率直に言えば、見られるために作られた刀である。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
特別保存刀剣鑑定書付 和泉大掾藤原国輝(初代) 銘 【解説】 本作は江戸時代前期、伊予国(現在の愛媛県)にて活躍した和泉大掾藤原国輝による一振りです。国輝の名は江戸前期から後期にかけて数代続きますが、本作は寛文年間(1661-1673年)に最も円熟した作刀を見せた初代国輝の作と鑑せられます。 初代国輝は、安芸国(広島県)の三好長国の門人であり、本名を三好太郎兵衛、初期には長清と銘じていました。師である長国が松山藩主・加藤嘉明に召し抱えられ伊予国へ移住した際、国輝もこれに従います。後に長国は伊予を去りますが、国輝は同地に留まり、寛文九年(1668年)に和泉大掾を受領しました。元禄九年(1696年)、七十歳で没しています。 国輝の代々はいずれも受領銘を拝領していますが、中でも初代、二代、七代が名工として知られています。 「国」を「輝」かすというその瑞祥烈な銘振りから、同藩の高級武士の間で殊の外珍重されたと推察されます。和泉大掾という名誉ある受領銘を許されたことからも、その技量の高さは疑いようがなく、本作を手に取れば当時の卓越した職人技を存分に堪能いただけます。 本作は公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)において「特別保存刀剣」に指定されています。これは保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値が特に高い真作の日本刀にのみ与えられる格付けです。 【刀身】 長さ(Nagasa):62.3 cm 反り(Sori):1.1 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 茎(Nakago): 日本刀の柄に収まる中心(なかご)部分です。刀工が意図的に残した黒錆は、柄内部での赤錆の発生を防ぐ役割を果たします。経年による茎の朽ち込みや錆色は、専門家が製作年代を特定する上での重要な指標となります。 【外装(Koshirae)】 打刀拵:鞘、柄、鍔などによって構成される日本刀の外装です。 縁頭(Fuchi-Kashira): 柄の両端を保護し装飾する一対の金具です。 本作の縁頭は、赤銅魚子地(ななこじ)の技法が用いられています。魚子地鏨(ななこじだがね)を打ち込むことで、魚の卵が連なったような繊細な粒状の突起を地一面に施した意匠です。 頭(かしら)には菊の花と唐草文様が配されています。菊は古来より延命長寿の薬草として大陸から伝来し、秋を象徴する花として愛されてきました。放射状に広がる花弁が太陽になぞらえられ、不老長寿や無病息災の象徴とされています。 また、周囲に配された唐草文様は、蔓が途切れることなく伸び続ける生命力の強さから、一族の繁栄や長寿を願う吉祥文様として尊ばれています。


















新刀 · 伊予 · 1661-1675頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位76%
現在3点販売中
國輝の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
新刀 · 摂津
現在82点販売中
大坂新刀は、商都大坂を本拠として江戸前期から中期にかけて興隆した摂津の一門である。その草創は京の堀川一門にあり、堀川国広の門に学んだ和泉守国貞、親国貞こと国貞と河内守国助とが、慶長十九年に師の没した後そろって大坂へ下り、この地に鍛刀の家を興した。国助は伝に伊勢国の出にして石堂の流れを汲み、堀川より受け継いだ枯れた肌合とともに、古備前を慕う石堂の丁子をこの地にもたらした。そこへ大和文殊系の包保・包道に承けた越後守包貞が摂州に居を構え、肥後菊池より出て井上真改の門を叩いた貞則のごとき遊歴の工も加わって、堀川と石堂と文殊の脈が大坂の地で一つの作域に結ばれていった。やがて親国貞の子真改、津田越前守助広、一竿子忠綱らがあらわれ、寛文・延宝・元禄の頃にこの一門は最も華やぐ。 一門の作風は、まず明るく冴える大坂鍛えに標識を持つ。鍛えはよくつんだ無地風の小板目で、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かにさかんに入り、鉄色は明るく潤う。その地の上に、刃区を直ぐに焼き出し、その上から己の刃文を起こすのが一門に通じる約束で、収集家のいう大坂焼出しである。匂口は終始深く明るく冴え、刃縁は締まる。この共通の文法の上に、各工はおのおのの差を置く。井上真改は華やかな乱れを焼かず、よくつんだ精美な地に浅いのたれを帯びた沸深き直刃を本領とし、相州の郷義弘への意図的な写しにその沸の妙味を尽くして、大坂正宗と称された。津田助広は波濤のごとくうねる濤瀾刃を創始し、真改の小沸の直刃と並んで両大関と仰がれる。一竿子忠綱は揃った長足の丁子に簾刃の濤瀾を交え、何にもまして真の倶利迦羅や鯉の滝上りを刻んだ一竿子彫をもって分かたれる。河内守国助の家は丁子の旗頭で、二代中河内は握り拳の頭を戴く拳形丁子を創始して新刀一文字と賞され、その弟肥後守国康や四男国輝もこの石堂の丁子と津田風の濤瀾を担った。越後守包貞は助広に倣う濤瀾に片山乱れと文珠の砂流しを通わせ、貞則は師真改の沸深き直刃をよく継いだ。共通するのは明るい匂口と直ぐの焼出し、異なるのは真改の沈める沸、助広の濤瀾、国助一門の丁子という、地の上に置かれた手の差である。 収集家が大坂新刀を求める理由は、鑑定の勘所が明快で、主要工の格が高いことにある。明るく冴える大坂鍛えと、刃を起こす直ぐの焼出しという二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、真改の沸深き郷写し、忠綱の一竿子彫、中河内の拳形丁子といった各工独自の標識が、そこに重なって名を分かつ。一門の作はおおむね在銘年紀で、銘そのものが時の標識となるため、由緒の確かさをもって賞翫される。真改や助広や忠綱の最上手は市に現れることが稀で、現れれば一頭地を抜く出来事となるが、包貞・国助・国康・国輝のごとき名手の在銘作は、辛抱をもって相応に相見え、大坂新刀へ分け入る手近な入口を提供する。来歴の知られる作は谷干城や山内家、皇室の蔵を経て近代に伝わり、美術刀剣としての魅力は、真改の沸と助広の濤瀾が後世の刀鍛冶に及ぼした影響とともに、商都大坂が新刀期に成し遂げた一個の到達を今に伝える。 詳しく見る →
大坂は町人の都であり、刀も金の流れに従った。脇差一腰しか許されぬ町人のための贅沢な作、助広の濤瀾乱れ、大坂正宗と呼ばれた真改。率直に言えば、見られるために作られた刀である。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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