室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
奥州宝寿 鑑定書付(NTHK) 寛正頃 【解説】 本作は、室町時代の寛正頃(1460-1466年)に活躍した奥州宝寿の作と極められた一振りです。宝寿は平安時代後期から南北朝時代(12世紀後半〜14世紀)にかけて、陸奥国(現在の東北地方)で隆盛を極めた刀工集団です。本作はその作風から、後代の宝寿によるものと推定されます。 宝寿は、奥州平泉を拠点とした「舞草(もぐさ)」派を母体としています。舞草派の起源は、奥州藤原氏が陸奥を統治し始めた11世紀後半まで遡ります。舞草派の中で在銘の現存作は極めて稀ですが、その中でも宝寿は最も高名な一派として知られています。 源頼朝による奥州合戦で藤原氏が滅亡した後、多くの宝寿鍛冶は各地へ移住しました。彼らの中には、備前国をはじめとする諸国の作刀技術の礎を築いた名工も多く、日本刀の様式形成において極めて重要な役割を果たしました。 「宝寿」という銘は、その字面の通り「宝」と「寿(ことぶき)」を意味することから、古来より縁起物として珍重され、武士の間では贈答品としても重用されました。 本刀は、NTHK(日本刀剣保存会)の鑑定書において「生ぶ無銘」と極められており、後世に磨上げられることなく、製作当時の姿をそのままに留めています。 ※刀身には鍛え傷や黒錆、切先付近に僅かな欠けが見受けられます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):74.3 cm 反り(Sori):2.1 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃縁に現れる結晶構造 地鉄(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分 茎(Nakago):刀身の柄に収まる中心部分 茎に現れる古色や錆は、製作年代を特定する重要な指標となります。 鎺(Habaki):刀身を鞘内に固定し、刀身が鞘に触れるのを防ぐ金具です。 【鑑定書】 日本刀剣保存会(NTHK) 鑑定書 日本刀剣保存会(NPO法人)は、明治43年(1910年)に設立された、日本で最も歴史ある刀剣鑑定機関の一つです。本刀は平成30年(2018年)12月16日に鑑定を受けました。ご購入者様には、この鑑定書原本をお付けいたします。 【登録証】 登録番号:千葉県 第047313号 本刀は千葉県教育委員会より交付された「銃砲刀剣類登録証」を附帯しています。この登録証は、文化庁により美術品として認められた日本刀であることを証明するものです。 日本国内で登録を受けるには、玉鋼を用い、伝統的な手作業で鍛錬されている必要があります。海外輸出の際は、この登録証を返納し輸出監査証明を取得いたしますが、登録証の写しを同封させていただきます。



















脇物 · Oshu
宝寿は奥州を代表する刀工の一派である。説示によれば、古伝書は奥州に奈良朝時代から鎌倉期にかけて多数の刀工が存在したことを伝えるものの、作刀の現存するものはほぼ宝寿だけといってよく、その名跡は鎌倉時代より南北朝期を経て室町時代に及んで永く継承された。文献の上では平安時代からその名が見えるとされるが、現存作はおおむね鎌倉中期に始まる。宝寿は奥州舞草鍛冶の一派とされ、鎌倉時代以後の宝寿・舞草、南北朝以後の月山一類とともに東北の地に行われた古い系譜に連なる。年紀を刻む在銘作には建武・永徳・明徳・永和などの南北朝の年号が見え、室町期に入ると応永五・六・十二・十四・二十二・二十五年などの作が遺存しており、これらが同派の作域と時代の幅を知る手掛かりとなっている。 作風は東北の地方色を色濃く帯びる。鍛えは板目に杢目・流れ肌を交え、大板目・大肌をまじえて総体に肌立ち、ときに綾杉風の肌合や刃寄りの柾気を示す。地沸が厚くつき、地景が太く頻りに入り、かねは黒みを帯びて、淡く白け風の映りが立つのが常で、鉄色の黒ずむ様は同派を見分ける要となる。刃文は直刃調あるいは浅いのたれを基調に、小互の目・小のたれ・小乱れを交え、刃縁が頻りにほつれ、細かな二重刃がかかり、金筋・砂流しが盛んに働く。区際を焼き落とすものが見られ、匂口は沈みごころ、あるいはうるみごころとなることが多い。帽子は乱れ込みや直ぐに小丸となって掃きかけ、ときに先を焼き詰めるものがある。彫物には梵字・三鈷柄剣や棒樋、八幡大菩薩の神号などが見え、いかにも同派らしく、鄙びてはいるが力強く雅趣を湛える。これら肌立つ地鉄に黒む鉄、白け映り、うるむ焼刃といった一連の語法が、奥州鍛冶独得の作柄として繰り返し記される。 鑑定に際しては、大模様に肌立つ鍛えと太い地景、黒みがかる地鉄に白け風の映りが立つ点、直刃調に小乱れをまじえて区際を焼き落とし、金筋・砂流しの働く焼刃が見どころとされ、彫物に漂う地方色もまた同派を示す徴とされる。生ぶ茎在銘で年紀を伴うものは同派の作域を知る資料として重んじられ、永徳の折返銘の太刀の二字銘と同手とみて永徳頃と鑑する例、永和・建武・明徳の年紀に新資料の意義を認める例が説示に見える。なかには常々の同派の作に比して肌目がつみ、匂深く沸づいて匂口の冴えるものや、地刃の垢ぬけた出来を示すものもあり、こうした作は同派研究の好資料として位置づけられる。伝来の上では無銘ながら南北朝期の古い太刀姿を残し、磨上げられずに伝えられた大太刀が瀬戸内の豪族村上家の重代として伝わるなど、所伝とともに宝寿の極めを首肯し得る作も存している。短刀から大太刀・薙刀直しに至る諸作を通じて、宝寿は東北の古調を伝える一派として独自の位置を占めている。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
奥州宝寿 鑑定書付(NTHK) 寛正頃 【解説】 本作は、室町時代の寛正頃(1460-1466年)に活躍した奥州宝寿の作と極められた一振りです。宝寿は平安時代後期から南北朝時代(12世紀後半〜14世紀)にかけて、陸奥国(現在の東北地方)で隆盛を極めた刀工集団です。本作はその作風から、後代の宝寿によるものと推定されます。 宝寿は、奥州平泉を拠点とした「舞草(もぐさ)」派を母体としています。舞草派の起源は、奥州藤原氏が陸奥を統治し始めた11世紀後半まで遡ります。舞草派の中で在銘の現存作は極めて稀ですが、その中でも宝寿は最も高名な一派として知られています。 源頼朝による奥州合戦で藤原氏が滅亡した後、多くの宝寿鍛冶は各地へ移住しました。彼らの中には、備前国をはじめとする諸国の作刀技術の礎を築いた名工も多く、日本刀の様式形成において極めて重要な役割を果たしました。 「宝寿」という銘は、その字面の通り「宝」と「寿(ことぶき)」を意味することから、古来より縁起物として珍重され、武士の間では贈答品としても重用されました。 本刀は、NTHK(日本刀剣保存会)の鑑定書において「生ぶ無銘」と極められており、後世に磨上げられることなく、製作当時の姿をそのままに留めています。 ※刀身には鍛え傷や黒錆、切先付近に僅かな欠けが見受けられます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):74.3 cm 反り(Sori):2.1 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃縁に現れる結晶構造 地鉄(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分 茎(Nakago):刀身の柄に収まる中心部分 茎に現れる古色や錆は、製作年代を特定する重要な指標となります。 鎺(Habaki):刀身を鞘内に固定し、刀身が鞘に触れるのを防ぐ金具です。 【鑑定書】 日本刀剣保存会(NTHK) 鑑定書 日本刀剣保存会(NPO法人)は、明治43年(1910年)に設立された、日本で最も歴史ある刀剣鑑定機関の一つです。本刀は平成30年(2018年)12月16日に鑑定を受けました。ご購入者様には、この鑑定書原本をお付けいたします。 【登録証】 登録番号:千葉県 第047313号 本刀は千葉県教育委員会より交付された「銃砲刀剣類登録証」を附帯しています。この登録証は、文化庁により美術品として認められた日本刀であることを証明するものです。 日本国内で登録を受けるには、玉鋼を用い、伝統的な手作業で鍛錬されている必要があります。海外輸出の際は、この登録証を返納し輸出監査証明を取得いたしますが、登録証の写しを同封させていただきます。



















脇物 · Oshu
宝寿は奥州を代表する刀工の一派である。説示によれば、古伝書は奥州に奈良朝時代から鎌倉期にかけて多数の刀工が存在したことを伝えるものの、作刀の現存するものはほぼ宝寿だけといってよく、その名跡は鎌倉時代より南北朝期を経て室町時代に及んで永く継承された。文献の上では平安時代からその名が見えるとされるが、現存作はおおむね鎌倉中期に始まる。宝寿は奥州舞草鍛冶の一派とされ、鎌倉時代以後の宝寿・舞草、南北朝以後の月山一類とともに東北の地に行われた古い系譜に連なる。年紀を刻む在銘作には建武・永徳・明徳・永和などの南北朝の年号が見え、室町期に入ると応永五・六・十二・十四・二十二・二十五年などの作が遺存しており、これらが同派の作域と時代の幅を知る手掛かりとなっている。 作風は東北の地方色を色濃く帯びる。鍛えは板目に杢目・流れ肌を交え、大板目・大肌をまじえて総体に肌立ち、ときに綾杉風の肌合や刃寄りの柾気を示す。地沸が厚くつき、地景が太く頻りに入り、かねは黒みを帯びて、淡く白け風の映りが立つのが常で、鉄色の黒ずむ様は同派を見分ける要となる。刃文は直刃調あるいは浅いのたれを基調に、小互の目・小のたれ・小乱れを交え、刃縁が頻りにほつれ、細かな二重刃がかかり、金筋・砂流しが盛んに働く。区際を焼き落とすものが見られ、匂口は沈みごころ、あるいはうるみごころとなることが多い。帽子は乱れ込みや直ぐに小丸となって掃きかけ、ときに先を焼き詰めるものがある。彫物には梵字・三鈷柄剣や棒樋、八幡大菩薩の神号などが見え、いかにも同派らしく、鄙びてはいるが力強く雅趣を湛える。これら肌立つ地鉄に黒む鉄、白け映り、うるむ焼刃といった一連の語法が、奥州鍛冶独得の作柄として繰り返し記される。 鑑定に際しては、大模様に肌立つ鍛えと太い地景、黒みがかる地鉄に白け風の映りが立つ点、直刃調に小乱れをまじえて区際を焼き落とし、金筋・砂流しの働く焼刃が見どころとされ、彫物に漂う地方色もまた同派を示す徴とされる。生ぶ茎在銘で年紀を伴うものは同派の作域を知る資料として重んじられ、永徳の折返銘の太刀の二字銘と同手とみて永徳頃と鑑する例、永和・建武・明徳の年紀に新資料の意義を認める例が説示に見える。なかには常々の同派の作に比して肌目がつみ、匂深く沸づいて匂口の冴えるものや、地刃の垢ぬけた出来を示すものもあり、こうした作は同派研究の好資料として位置づけられる。伝来の上では無銘ながら南北朝期の古い太刀姿を残し、磨上げられずに伝えられた大太刀が瀬戸内の豪族村上家の重代として伝わるなど、所伝とともに宝寿の極めを首肯し得る作も存している。短刀から大太刀・薙刀直しに至る諸作を通じて、宝寿は東北の古調を伝える一派として独自の位置を占めている。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
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