説明

相州正宗が大和千手院派や古い大和の刀を研究して刃中に金筋や沸を多く現した相州正宗の刀を作り出したと古来言われているのが本千手院の刀です。大和五派のなかで最も古く興ったのが千手院派です。奈良若草山の西山麓に千手観音を祭る千手堂が有りその地を千手谷と呼んでいました、その刀工集団が千手院であり、平安時代より東大寺に属していた為に殆どが無銘です。本刀は鎌倉期(1192年)(831年前)頃に作られた千手院のほぼ生の無銘の貴重な太刀です。時は平清盛が栄華を謳歌し、しかしながら流石のおごる平家も貴族趣味が祟り、源氏の総大将源頼朝の呼びかけで全国の源氏の挙兵となり、源義経の一の谷の戦いでのひよどり越の戦法で平氏を破り、その後屋島の戦い、そして壇ノ浦の戦いに源氏が勝利して鎌倉幕府が設立され、武家政治の確立と言うその時の時代背景の本刀は正にその時分に作られたであろう貴重な太刀です。本刀はほぼ生で鎬が高くづしりと重く健全で太刀姿が力強い姿を現しています、地金は板目肌に柾心の鍛え肌が交じり地沸が良く付き地の荒いところが大和の刀の特徴を現し、地には映りが現れ見事です。刃紋は直調にのたれて互の目が交じり、小足が入り、刃縁がほつれ刃中金筋や砂流しが素晴らしく多くかかり帽子は掃きかけています。焼刃は他の四派(当麻、尻懸、手掻、保昌、)には見ないほどに変化に富んだ働きをここに見せているところが千手院の特徴を良く現わしています。この度古い御数寄者様から少し手をかけてやると出世をすると思います、奉納刀であったのか昔からの木はばきのままでしたので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に正宗が見習ったと言う刃中の金筋の働きの素晴らしい千手院の貴重な名刀を特別に格安にて御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。

無銘千手院 Senjuin
売切れ
Tokuho売切れ

無銘千手院 Senjuin

売却済

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仕様

長さ

66.6 cm

反り

2.1 cm

元幅

3.08 cm

先幅

1.86 cm

作者について

Senjuin千手院

千手院派は、大和五派の中で最も発祥が古いとされ、奈良の若草山の西山麓、千手観音をまつる千手堂のある千手谷と呼ばれる地で栄えた。古伝書によれば、平安時代後期に行信、重弘の二名工がいたと伝えられるが、確実な遺例は未見である。鎌倉時代初期には「千手院」と三字銘のある太刀が現存するものの、総じて在銘作は少ない。これは、千手院派を含む大和鍛冶が寺院の僧兵の需要に応えていたためと考えられる。門流は鎌倉時代から南北朝時代にかけて存続した。 千手院派の作風は、地鉄に大和伝の特徴が顕著に表れる。板目肌を基本とし、大板目、杢目、流れ柾が交じり、総体に肌立ちごころとなる。地沸が厚くつき、地景が頻りに入り、淡く沸映りが立つものもある。刃文は直刃調を基調とし、浅くのたれ、小互の目、小丁子、小乱れなどが交じる。刃縁にはほつれ、打のけ、喰違刃、二重刃などが現れ、金筋、砂流しが頻りにかかる。帽子は直ぐに小丸、掃きかけるものが多い。姿は鎬造、庵棟で、鎬幅が広く鎬が高いもの、腰反りが高く踏張りがあり、中鋒ないし小鋒となるものなどが見られる。総じて古調な作風を示し、地刃ともに健全で、地沸が厚くつき、刃中の沸が明るく輝くものが評価される。 千手院派の刀剣は、古雅な姿態と地刃の働きが評価される。特に、地沸を厚く敷き、地景を織りなした鍛え、刃中の足や葉の働き、刃沸の妙味などが重視される。本阿弥家では、古来より大和物として賑やかに乱れているものに千手院の極めをあてる傾向があったとされる。現存する太刀や刀は、姿、地鉄、刃文において大和伝の特色をよく示しており、その古様さから千手院の極めは首肯される。総じて出来が良く、地刃の健全さが保たれているものが優品とされる。

刀剣商

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