法安 初代 鐔 寸法: 縦 79.3 mm、横 78.6 mm、耳厚 3.5 mm、切羽台厚 3.6 mm 中村ニック氏の旧蔵品である、見事な法安の初代鐔です。本作は2026年(令和8年)発行の第22回国際刀装具会(KTK)カタログにも所載されております。落込式の特製桐箱、外箱、および真田紐が付属いたします。また、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の特別保存刀装具鑑定書が附帯しております。 以下、KTK図録より中村氏による解説文を引用いたします(※書籍は付属しません)。 「法安もまた尾張国の鐔工であり、山吉と同様に信家と密接な関わりがあったと考えられます。その作風は信家に似通いながらも、より精緻な細工が施されており、山吉に比して洗練された趣があります。法安には車透図の優れた遺例がありますが、それは信家や山吉の同図の鐔をも凌駕する出来映えです。銘は通常『法安』の二字を毛彫りします。法安は後に甲斐国へ移り武田家に仕え、武田家滅亡後は浅野長政公に召し抱えられました。その後、浅野家の転封に従い紀伊、さらには安芸へと移り住んでいます。その技と名は、江戸時代まで代々継承されました。」 地鉄は強く、練れて澄んでおり、味わい深い焼手仕立てとなっております。 山河や渓谷といった自然の情景を幽玄な空気感の中に描き出す「山水画・水墨画」のような風情を湛えており、初代法安の真骨頂が遺憾なく発揮されています。表には初代特有の書体による、格調高い「法安」の二字銘が刻まれています。 nihontocraft@bellsouth.net 戻る











法安
天正〜慶長(c. 1573-1614)
尾張
在銘
特別保存 (NBTHK)
鐔工 · 尾張
法安は鉄鐔に二字の名のみを切り、説明書はその詳しい経歴を伝える。尾張国清洲の武具鍛冶で、川口三郎右衛門といい、浅野家の抱え工となって甲斐国府中、さらに紀伊国和歌山に住居し、慶長十八年(1613年)五月二十日に歿した。戒名を本法院宗安日真居士という。女婿の久次たちが元和年間に浅野家の移封に伴って安芸国広島に転じたので、一族の墓地は広島の国前寺にある。指定を受けた五枚はいずれも室町末期から桃山時代の作である。
説明書は法安を山吉・信家とともに、いずれも有銘の作があり作風にも共通性のある尾張の鐔工とする。そのうえで法安は「信家に比してやや技巧的であり、山吉よりも一段と垢ぬけている」[[c:1]]と記す。車透は法安・山吉に多く見られ、ともに「鉄骨をあらわして豪快味がある」[[c:2]]。また説明書は、車透の佳品があることによって法安の名は高いとする。
その芸はまず地がねに始まる。法安の地がねは「うわばみ鉄」と異称されるほど手強さに定評があり、指定作ではねっとりとして処々に鍛え目が現われて躍動するとされる。十二間の車透の丸形鐔は耳を土手耳風に厚くし、地肌は鍛えられた鉄の美しさと力強さを見せ、随所に鉄骨があらわれ、説明書は透しを「たくまない彫法を駆使している」[[c:5]]とする。
得意とするのは焼き手腐らしの工法である。竪丸形の鐔は表に六字名号を、裏に七字の題目を鋤出し、説明書はその技法をいわゆるくさらし手とし、地の槌目と小透が一層雅味深いものにしているとする。車透耳長兎図鐔では同じ工法で耳長兎をあらわし、金象嵌を添える。他の作では平地に変化と様々な動きを見せている。
もう一つの手は阿弥陀鑢である。車透の丸形鐔は透さぬ部分を阿弥陀鑢の意匠とし、説明書は「車透と阿弥陀鑢との配合の妙が面白く」[[c:6]]、構図・彫技とも秀逸で、「法安独得の艶とうるおいが心地よく伝わり」[[c:7]]、がっしりした大形の切羽台も力強いとする。変り八ツ木瓜形の題目図鐔は全体を阿弥陀鑢地とし、変化に富む耳も一つの景色となり、「一個の鐔に法安独特の世界が現出されている」[[c:4]]と評される。
指定を受けた五枚はいずれも重要刀装具の鐔で、二字名の銘をもつ。説明書は伝来を記さず、所蔵の機関も挙げていない。いずれも個人の所蔵として指定され、市場に現れるのは時折のことである。説明書はどの在銘作にも同じ清洲の経歴を引き、代を分けていない。蒐集家が法安に出会うのは、その名声を支える車透の鐔と、技法を示す腐らしと阿弥陀鑢の鐔においてである。
法安の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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鐔工 · 尾張
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法安派は、尾張国清洲の武具鍛冶であった川口三郎右衛門・法安を祖とする鐔工の一派である。法安は浅野家の抱え工となり、甲斐国府中、さらに紀伊国和歌山に住居し、慶長十八年五月二十日に歿した。戒名を本法院宗安日真居士という。説示においては、法安は山吉・信家とともに尾張の鐔工として位置づけられ、「作風にも共通性がある」[[c:1]]と繰り返し述べられている。この三者のうち、法安は「信家に比してやや技巧的であり、山吉よりも一段と垢ぬけている」[[c:2]]と評される。法安の歿後、女婿の久次たちが元和年間に浅野家の移封に伴って安芸国広島に転じ、一族の墓地は広島の国前寺に存在する。 法安の地がねは「うわばみ鉄」と異称されるほど手強さに定評がある。指定品の説示では一貫して、その地がねが「頗る優れ」「ネットリ」とした粘り強い質感を有し、処々に鍛え目があらわれて躍動する様が記されている。また鉄骨が随所に見える点も繰り返し指摘される。法安の最も特徴的な技法は焼き手腐らしであり、この工法によって平地に「玄妙な変化」を表し「雅味を深め」る効果が生まれる。この技法は地の表面処理のみならず、耳長兎のような具象的意匠の表現にも駆使された。さらに車透・阿弥陀鑢・槌目地・鋤出彫といった技法を組み合わせ、「車透と阿弥陀鑢との配合の妙」[[c:3]]が「面白い」と説示に評されるなど、多彩な造形手法を自在に操る作風を示している。 法安派は尾張鉄鐔の伝統において高い評価を得ている。説示には「車透の佳品があることによって法安の名は高く」[[c:4]]と記され、指定品はいずれも法安独自の世界が一個の鐔に凝縮された秀逸な作として評価されている。厚みのある土手耳風の耳、がっしりした大形の切羽台、重量感のある鉄地が力強さを伝え、一方で焼き手腐らしによる変化に富む表面や耳の景色が「奥深い趣」と「雅味」をもたらしている。六字名号・七字の題目といった仏教的意匠から車透・耳長兎図に至るまで、武骨な鉄の力強さと洗練された装飾性を兼ね備えた法安の作風は、説示の言葉を借りれば「法安独特の世界」として現出されている。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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