説明

Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Signed Haruaki Hogan(Kao) Kaei Kanoto-i Syosyu 夕映えの空を思わせる素銅磨地。撫角形の中央を絞った印象深い造形はどことなく糸巻にも似て、鐔全体で織姫を連想させる。打ち返し耳に敢えてかかるように三日月を配し、わずかに鋤き出して石目地を施した橋の傍らに二羽の飛翔する鵲を赤銅地高彫象嵌して七夕伝説を表した、春明の心憎い洒落た画面構成である。春明は柳川直春の門人。独立後はたびたび東北を訪れ、出張制作をした。漂泊の俳人、絵師など地方の裕福な商人や地主などに請われ、その土地へ赴いて制作または指導をした松尾芭蕉や与謝蕪村のように、春明もまた北国へ赴いたのであろうか。旅による制作への刺激も多かったことだろう。会津金工の明義や明周、田辺伴正、田辺明伴、大石明親など優れた門人も養成した。晩年の弘化、嘉永頃は越後地方を遊歴。嘉永辛亥(1851年)初秋と刻された本作は越後にて制作されたものであろう。

七夕図鍔(鐔) 銘 春明法眼花押 嘉永辛亥初秋
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七夕図鍔(鐔) 銘 春明法眼花押 嘉永辛亥初秋

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作者について

Yanagawa Haruaki春明

18 重要刀剣

河野春明は、天明七年(1787年)に江戸で生まれ、横谷系の柳川直春に入門した。はじめ春任と名乗ったが、文化年中に春明と改名している。文政四・五年頃に法橋に任じられ、間もなく法眼に叙せられた。同時代に活躍した後藤一乗と並び称される江戸金工の代表者の一人であり、その活躍範囲は江戸に留まらず、文政頃には東北や北関東に遊歴して作品を遺し、晩年の嘉永・安政年間には越後地方に遊び、同地で歿している(安政四年没)。作には「於東羽亀ヶ崎」や「遊北越」などと添銘したものも見受けられる。多くの門弟を養育したことも特筆される。 春明の作風は、師である柳川直春の彫法を基盤としつつも、後藤家の作風を理想とした重厚な刀法が認められる。いわゆる「鳥の濡れ羽色」と称された良質の赤銅を用い、燦然たる金色をはじめとする種々の色金を駆使した色彩感覚に優れ、写実風の端麗な画面を示す高彫色絵の技法に長けている。赤銅魚子地の作品が多く、金、銀、赤銅、素銅、四分一などの色金を高彫や容彫で効果的に配し、金平象嵌などの技法も用いている。また、四分一石目地や四分一磨地といった地金も用いる。画題は人物、動物、故事など多岐にわたり、洒脱でユーモアを含んだ作風も特徴である。添えられた箱書から竜獅堂に所蔵されていた作品も確認できる。 春明の作は、江戸趣味に溢れた瓢逸さも見られ、時流に迎合した作風も有する。その作風は、横谷宗珉、後藤家という源流を基礎としつつ、独自の作域を見せている点に、幕末金工の一偉人たる所以がある。西の後藤一乗に対し「東の春明」と称され、その高い技術と芸術性は高く評価されている。

刀剣商

銀座長州屋

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