Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Pine tree, chrysanthemum and horse motif tsuba 大振りで光沢のある鍛えの良い鉄地。自然光で見るとやや赤みを帯び、所々黒味の強い錆色を呈する。薄手の造りだが、耳には数条の合わせ鍛えの跡を見せる。腐らかし(*)の技法により独特の雅味のある薄肉彫りを得意とした法安。絹糸よりも細い線は、溶けて消え入りそうでありながら確かに存在し、時に激しく渦を巻き飛沫を上げる。関連性があるのかないのか、画面に散りばめられた紋様は、菊水、菊の葉、海老(髭が異様に長い)、松、騎馬人物である。菊、海老、松は不老不死、延命長寿の祈念であろう。疾駆する馬と手に長い棒状のものを持った人物は何を表しているのか。そもそも全てに意味を見出そうとする姿勢にも問題があるのかもしれない。光の当たり方で鮮明にも見える薄肉彫りは、陽炎越しに景色を見ているような不思議な感覚が心地良い。法安は山吉兵とほぼ同時代に活躍し、共に尾張における在銘鐔の先駆けとなった名工である。 (*)腐らかし 鉄鐔における彫刻技法のひとつ。文様のところに耐酸性の塗料を塗っておき、その他の部分を腐食させ、文様を浮き上がらせたもの。焼手腐らかし、腐食彫りともい��う。



法安
桃山
尾張
在銘
特別保存 (NBTHK)
鐔工 · 尾張
法安は尾張国清洲の武具鍛冶であり、川口三郎右衛門と称した。浅野家の抱え工として甲斐国府中、さらに紀伊国和歌山に住居し、慶長十八年五月二十日に歿したとされる。戒名は本法院宗安日真居士。女婿の久次たちが元和年間に浅野家の移封に伴って安芸国広島に転じたため、一族の墓地は広島の国前寺に存在する。作風から見て、山吉、信家らに通じるものがあり、同工らと共に尾張鐔工として位置づけられる。信家に比してやや技巧的であり、山吉よりも一段と垢ぬけているとの評もある。
法安の作風は、地鉄の鍛えに特徴が見られる。「うわばみ鉄」と異称されるほど手強さに定評があり、その地鉄は「ネットリ」とした質感が特徴とされる。作風としては車透鐔が多く見られ、鉄骨をあらわして豪快味がある。また、「焼き手腐らし」の技法を得意とし、平地に玄妙な変化を表し、雅味を深める。阿弥陀鑢を意匠とした作も存在し、車透との配合の妙が見られる。耳は土手耳風に厚くしたものや、変化に富むものなどが見られ、鐔全体の景色を構成する要素となっている。地肌は鍛えられた鉄の美しさと力強さがあり、重量感のある作が多い。
法安の鐔は、鉄の地鉄の良さ、透かしの意匠、焼き手腐らしの技法などが評価されている。車透の佳品が多いことで名を知られ、その作は豪快でありながらも洗練された趣を持つ。説示においては、「雅味を深め」、「変化に富む」、「鉄骨をあらわして豪快味がある」[[c:1]]、「鉄の美しさと力強さがある」などの評が見られ、法安独特の艶とうるおいが心地よく伝わる点も評価されている。
法安の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
鐔工 · 尾張
現在4点販売中
法安派は、尾張国清洲の武具鍛冶であった川口三郎右衛門・法安を祖とする鐔工の一派である。法安は浅野家の抱え工となり、甲斐国府中、さらに紀伊国和歌山に住居し、慶長十八年五月二十日に歿した。戒名を本法院宗安日真居士という。説示においては、法安は山吉・信家とともに尾張の鐔工として位置づけられ、「作風にも共通性がある」[[c:1]]と繰り返し述べられている。この三者のうち、法安は「信家に比してやや技巧的であり、山吉よりも一段と垢ぬけている」[[c:2]]と評される。法安の歿後、女婿の久次たちが元和年間に浅野家の移封に伴って安芸国広島に転じ、一族の墓地は広島の国前寺に存在する。 法安の地がねは「うわばみ鉄」と異称されるほど手強さに定評がある。指定品の説示では一貫して、その地がねが「頗る優れ」「ネットリ」とした粘り強い質感を有し、処々に鍛え目があらわれて躍動する様が記されている。また鉄骨が随所に見える点も繰り返し指摘される。法安の最も特徴的な技法は焼き手腐らしであり、この工法によって平地に「玄妙な変化」を表し「雅味を深め」る効果が生まれる。この技法は地の表面処理のみならず、耳長兎のような具象的意匠の表現にも駆使された。さらに車透・阿弥陀鑢・槌目地・鋤出彫といった技法を組み合わせ、「車透と阿弥陀鑢との配合の妙」[[c:3]]が「面白い」と説示に評されるなど、多彩な造形手法を自在に操る作風を示している。 法安派は尾張鉄鐔の伝統において高い評価を得ている。説示には「車透の佳品があることによって法安の名は高く」[[c:4]]と記され、指定品はいずれも法安独自の世界が一個の鐔に凝縮された秀逸な作として評価されている。厚みのある土手耳風の耳、がっしりした大形の切羽台、重量感のある鉄地が力強さを伝え、一方で焼き手腐らしによる変化に富む表面や耳の景色が「奥深い趣」と「雅味」をもたらしている。六字名号・七字の題目といった仏教的意匠から車透・耳長兎図に至るまで、武骨な鉄の力強さと洗練された装飾性を兼ね備えた法安の作風は、説示の言葉を借りれば「法安独特の世界」として現出されている。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Pine tree, chrysanthemum and horse motif tsuba 大振りで光沢のある鍛えの良い鉄地。自然光で見るとやや赤みを帯び、所々黒味の強い錆色を呈する。薄手の造りだが、耳には数条の合わせ鍛えの跡を見せる。腐らかし(*)の技法により独特の雅味のある薄肉彫りを得意とした法安。絹糸よりも細い線は、溶けて消え入りそうでありながら確かに存在し、時に激しく渦を巻き飛沫を上げる。関連性があるのかないのか、画面に散りばめられた紋様は、菊水、菊の葉、海老(髭が異様に長い)、松、騎馬人物である。菊、海老、松は不老不死、延命長寿の祈念であろう。疾駆する馬と手に長い棒状のものを持った人物は何を表しているのか。そもそも全てに意味を見出そうとする姿勢にも問題があるのかもしれない。光の当たり方で鮮明にも見える薄肉彫りは、陽炎越しに景色を見ているような不思議な感覚が心地良い。法安は山吉兵とほぼ同時代に活躍し、共に尾張における在銘鐔の先駆けとなった名工である。 (*)腐らかし 鉄鐔における彫刻技法のひとつ。文様のところに耐酸性の塗料を塗っておき、その他の部分を腐食させ、文様を浮き上がらせたもの。焼手腐らかし、腐食彫りともい��う。



法安
桃山
尾張
在銘
特別保存 (NBTHK)
鐔工 · 尾張
法安は尾張国清洲の武具鍛冶であり、川口三郎右衛門と称した。浅野家の抱え工として甲斐国府中、さらに紀伊国和歌山に住居し、慶長十八年五月二十日に歿したとされる。戒名は本法院宗安日真居士。女婿の久次たちが元和年間に浅野家の移封に伴って安芸国広島に転じたため、一族の墓地は広島の国前寺に存在する。作風から見て、山吉、信家らに通じるものがあり、同工らと共に尾張鐔工として位置づけられる。信家に比してやや技巧的であり、山吉よりも一段と垢ぬけているとの評もある。
法安の作風は、地鉄の鍛えに特徴が見られる。「うわばみ鉄」と異称されるほど手強さに定評があり、その地鉄は「ネットリ」とした質感が特徴とされる。作風としては車透鐔が多く見られ、鉄骨をあらわして豪快味がある。また、「焼き手腐らし」の技法を得意とし、平地に玄妙な変化を表し、雅味を深める。阿弥陀鑢を意匠とした作も存在し、車透との配合の妙が見られる。耳は土手耳風に厚くしたものや、変化に富むものなどが見られ、鐔全体の景色を構成する要素となっている。地肌は鍛えられた鉄の美しさと力強さがあり、重量感のある作が多い。
法安の鐔は、鉄の地鉄の良さ、透かしの意匠、焼き手腐らしの技法などが評価されている。車透の佳品が多いことで名を知られ、その作は豪快でありながらも洗練された趣を持つ。説示においては、「雅味を深め」、「変化に富む」、「鉄骨をあらわして豪快味がある」[[c:1]]、「鉄の美しさと力強さがある」などの評が見られ、法安独特の艶とうるおいが心地よく伝わる点も評価されている。
法安の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
鐔工 · 尾張
現在4点販売中
法安派は、尾張国清洲の武具鍛冶であった川口三郎右衛門・法安を祖とする鐔工の一派である。法安は浅野家の抱え工となり、甲斐国府中、さらに紀伊国和歌山に住居し、慶長十八年五月二十日に歿した。戒名を本法院宗安日真居士という。説示においては、法安は山吉・信家とともに尾張の鐔工として位置づけられ、「作風にも共通性がある」[[c:1]]と繰り返し述べられている。この三者のうち、法安は「信家に比してやや技巧的であり、山吉よりも一段と垢ぬけている」[[c:2]]と評される。法安の歿後、女婿の久次たちが元和年間に浅野家の移封に伴って安芸国広島に転じ、一族の墓地は広島の国前寺に存在する。 法安の地がねは「うわばみ鉄」と異称されるほど手強さに定評がある。指定品の説示では一貫して、その地がねが「頗る優れ」「ネットリ」とした粘り強い質感を有し、処々に鍛え目があらわれて躍動する様が記されている。また鉄骨が随所に見える点も繰り返し指摘される。法安の最も特徴的な技法は焼き手腐らしであり、この工法によって平地に「玄妙な変化」を表し「雅味を深め」る効果が生まれる。この技法は地の表面処理のみならず、耳長兎のような具象的意匠の表現にも駆使された。さらに車透・阿弥陀鑢・槌目地・鋤出彫といった技法を組み合わせ、「車透と阿弥陀鑢との配合の妙」[[c:3]]が「面白い」と説示に評されるなど、多彩な造形手法を自在に操る作風を示している。 法安派は尾張鉄鐔の伝統において高い評価を得ている。説示には「車透の佳品があることによって法安の名は高く」[[c:4]]と記され、指定品はいずれも法安独自の世界が一個の鐔に凝縮された秀逸な作として評価されている。厚みのある土手耳風の耳、がっしりした大形の切羽台、重量感のある鉄地が力強さを伝え、一方で焼き手腐らしによる変化に富む表面や耳の景色が「奥深い趣」と「雅味」をもたらしている。六字名号・七字の題目といった仏教的意匠から車透・耳長兎図に至るまで、武骨な鉄の力強さと洗練された装飾性を兼ね備えた法安の作風は、説示の言葉を借りれば「法安独特の世界」として現出されている。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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