説明

日本刀 宇多国宗(鑑定:日本美術刀剣保存協会 保存刀剣) 【解説】 概要 本作は、南北朝時代から室町時代初期にかけて活躍した宇多国宗(うだくにむね)の作と極められた短刀です。国宗は宇多派を代表する名工の一人であり、流祖・宇多国光の系統を継ぐ正系です。その作風は大和伝の特色を色濃く反映しており、精緻に鍛えられた肌合い(地鉄)と、実用本位ながらも気品ある刃文で知られています。強靭で切れ味に優れる国宗の刀剣は、戦乱の世の武士たちから厚い信頼を寄せられました。 宇多派は南北朝時代から室町時代中期(1334年〜1491年頃)にかけて隆盛を極めた名門です。鎌倉時代末期、大和国宇多郡(現在の奈良県)から越中国(現在の富山県)へ移住した国光を始祖とします。国光は、門弟である初代国房や国宗らを連れて越中へ下向し、同地で一派を築きました。国宗は越中宇多派の繁栄において極めて重要な役割を果たした工です。 宇多派は実戦に即した機能美を持つ刀剣を多く手がけ、南北朝から室町時代にかけて重宝されました。北陸地方の諸流派の中でも、最も有力な門派としてその名を馳せています。 短刀とは 一般に刃長が30cm(約1尺)未満のものを短刀と呼び、鍔を付けない「合口(あいくち)」仕立てとされることもあります。携帯性に優れ、至近距離での戦闘に適した武器です。 鎌倉・室町時代、騎馬武者が長物(槍や太刀)の補助兵装として帯同しました。組み打ちの際、鎧の隙間を突くなどの実戦的な用途で用いられました。 また、携行の様式により「懐刀(ふところがたな)」や「腰刀(こしがたな)」とも呼ばれます。古来、日本の伝統的な婚礼において、花嫁が実家から短刀を贈られる習慣がありますが、これは短刀が「魔除け」や「身を守る守り刀」としての神聖な力を持つと信じられているためです。 本刀は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「保存刀剣」に鑑定されています。これは、歴史的・芸術的価値が高く、保存状態が優れた真作の日本刀にのみ与えられる確かな証です。 ※刀身には経年による鍛え傷が数箇所見受けられます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身詳細】 長さ(Nagasa):20.5 cm 反り(Sori):0.5 cm 刃文(Hamon):焼き入れによって刃先に現れる、結晶構造による文様です。 地肌(Jihada):折り返し鍛錬によって生じる、鋼表面の肌目です。 切先(Kissaki):刀身の先端部分です。 茎(Nakago):柄に収まる刀身の持ち手部分です。 【外装(拵)】 拵(Koshirae):鞘、柄、鍔などで構成される刀装具一式です。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端(手元と先端)を保護し、装飾する一対の金具です。 柄(Tsuka):刀を握るための持ち手部分です。 ハバキ(Habaki):刀身を鞘内に固定し、刀身が鞘の内側に直接触れるのを防ぐ金具です。湿気による錆や、刀身のガタつきを防止する重要な役割を持ちます。 小柄(Kozuka):鞘の小柄櫃(溝)に収納される小型の副刀です。 鞘(Saya):刀身を収める外装です。 本装の鞘は黒漆塗りで仕上げられています。漆は防水・防腐効果に優れ、古来よりアジアで重用されてきました。鉄を主成分とする日本刀にとって湿気は最大の敵であり、漆塗りの鞘は刀身を保護し、携行する上で極めて合理的な役割を果たしています。

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短刀

$2,480

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

20.5 cm

反り

0.5 cm

流派について

Uda School宇多派

宇多派は、鎌倉時代末期の文保年間(一三一七~一三一九)頃、大和国宇陀郡から越中国に移住した古入道国光を祖とする刀工集団である。国光の子と伝える国房を筆頭に、南北朝時代には国宗、国次、国光と同名が相継いで活躍し、室町時代末期まで栄えた。このうち、南北朝時代を下らぬ作品を特に「古宇多」と汎称している。元来大和国宇陀郡の出身であることから、自然に大和気質の強い作風が多くみられるが、同時に越中の先達である則重や江に倣ったとみられる相州伝風の作品も存在する。 古宇多の作風は、板目に杢目や流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景が頻りに入る鍛えに、地鉄が黒みをおび、処々肌目が粕立つ点に北国気質が顕著に表れている。刃文は直刃調に浅く小のたれ、小互の目や小乱れを交え、匂深く沸がよくつき、刃縁がほつれて、金筋や砂流しが頻りにかかり、匂口が沈みごころとなる特色を示す。帽子は小丸に返り、頻りに掃きかけて焼き詰めごころとなるものが多い。一見すると相州上工の作を想わせる覇気に満ちた出来口であるが、黒みをおびた地鉄には北国物特有の肌合いの特色が看て取れ、また刃縁がほつれて砂流しが激しくかかる点に古宇多と鑑すべき要素がある。処々に荒めの沸が交じり、湯走りや打のけ、二重刃風の働きを交えるものもあり、地刃ともに変化に富む。 南北朝時代の典型的な姿を呈し、身幅広く重ね厚く、反りやや深く、中鋒延びごころまたは大鋒となる豪壮な体配のものが多い。地刃ともに健全で、覇気に満ちた出来口を示す作品が多く、同派極めの中でも優品とされるものが数多く残されている。越後中条家伝来の黒漆革巻太刀拵のように、南北朝時代を下らぬ貴重な太刀拵が完存する例も知られている。鎌倉末期から南北朝期にかけての越中における刀工集団として、大和気質と相州伝風を融合させた独自の作風を確立し、後世に大きな影響を与えた。

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