吉岡一文字の助秀は、平成二十六年の第六十回重要刀剣に指定された一口の有年紀脇指によって知られる。茎の表に大きく「一」を切り、その下に「備州吉岡住助秀」と長銘を切り、裏に正平十八年七月の年紀がある。説明はこの派の位置を一文字の歴史のなかで示し、「吉岡一文字派は、福岡一文字派に次いで鎌倉時代末期から南北朝期にかけて繁栄した」とし、代表工はいずれも「助」を通字とする。福岡一文字の名残のある大模様の乱れは稀で、一般には「乱れの中に互の目が目立ち、やや小出来となるものが通例である」という。
この脇指は平造、庵棟、身幅広く、重ね薄く、反り浅く先反りつき、表裏に刀樋を掻き流す。鍛えは板目肌に地沸よくつき、地景頻りに入り、映りは表で乱れ風、裏で幅広の棒状に立つ。刃文は小互の目を連れて乱れ、小足・葉入り、小沸つき、細かな金筋・砂流しがかかり、帽子は極く浅くのたれ込んで小丸に返る。説明はこれらの点に「地刃に前記の吉岡一文字の特色が明示されている」とする。
説明はさらに本作を「数少ない同派の脇指の作例として、また正平十八年の年紀を有する有年紀作として資料的に貴重な作である」と位置づける。この一口が現在の記録のすべてであり、吉岡住助秀を南北朝時代に定める基準作となっている。