正信の作で年代の確かな拠り所は、指表に細鏨で長銘を切り、裏に年紀を留めた、「備州正信」銘・明徳五年すなわち一三九四年の太刀である。彼は備後国古三原派の刀工で、南北朝末期に活躍し、いま一口の作には更に遡る永和二年(一三七六)の年紀があって、現存する二口の年紀作がその活躍を南北朝最末の数十年に確と据える。説明書は彼を正家・正広と共に古三原の代表格に数え、同派の正宗と共に「正宗・正信等はその最後を飾る刀工であろう」と、一派の最後を飾る工の一人に挙げる。三原派は鎌倉時代末期に興り室町時代末期に至るまで繁栄し、その鎌倉末期より南北朝期にかけてのものを古三原と総称する。その作に色濃い大和気質は、備後に存した東寺や蓮華王院など大和中央の社寺の荘園を介した、大和との交流に説かれる。
彼の手は一派の手であり、しかも静かな手である。板目に杢・流れ肌を交えて平らに臥さず立ち、刃寄りで柾へ流れる地鉄の上に、焼の低い穏やかな直刃を焼く。直刃あるいは中直刃で、処々に浅くのたれを帯び、乱れに作らず小互の目・小乱れを僅かに交える。刃縁にはほつれ・喰違刃・二重刃がかかり、小足が入り、金筋・砂流しが細かに刃中を走る。匂口に小沸がつき、締まって冴え立つよりはむしろ沈みごころとなるが、上出来の作では明るく冴える。説明書はその出来が地味であることに率直でありながら、「直刃の出来も地味ながら同派の持前をよく示して」と、その直刃が地味なりに一派の持前をよく示し、すべてに無難な出来であるとする。彼は乱れに作らぬ直刃の抑制と均しさによって判ぜられる工であり、小互の目はその静かな線に繰り返し打たれる句読点である。
地鉄こそ、一派が最もよく己を標す処である。板目は立ち、肌目が細かに立って、かな色は青黒味を帯び、その上に白け映りが立つ。地沸が細かにつき、立つ鍛えに地斑・地景風のかねが入り、処々に地斑状の肌合を交える。この白く立つ地鉄に、柾へ転ずる流れ肌と、直ぐに掃きかけて小丸あるいは大丸ごころに返る穏やかな帽子を併せたものこそ、評者が三原物に行き渡る大和気質を読む際の念頭にあるところである。評者は一派の作風を端的に述べる。大和本国に比べ地刃の沸が一般に弱く、杢が目立って肌立ち、白け映りが立ち、刃文は匂口がしまりごころで、帽子も穏やかに丸く返る、と。正信の刀身もほぼ例外なくこの基調を守り、青黒味を帯びた地鉄は味わいが深く、匂口締まり心の直刃はその最も優れた一口で明るく冴える。
現存作は二つの作域に分かれ、その稀なる方が在銘である。在銘作は長銘「備州正信」と永和ないし明徳の年紀を帯びた、生ぶ茎または僅かに磨上の太刀であり、その数は極めて少ない。正信有銘、就中有年紀の作は古来その例の殆んどなかったものとされ、江戸時代以来の銘鑑の中には「この太刀のみを載せている」ものがあるほどである。その一口は変った菖蒲造の造込みであり、説明書はこうした姿が大和の影響の濃い三原に間々見受けられるとする。今一つの作域は磨上・折返銘の作で、鎬造で鎬やや高く、三字の折返銘あるいは極めがその名を伝える。彼の作が多く出会われるのはこれらであって、肌立つ白けた板目、白け映り、彼と一派の共有する二重刃が、これを彼の作として留める。銘鑑は年紀作に基づいてその活躍を永和・明徳に置き、これを南北朝期に確と据える。
彼を分かつものは、他派との対比よりも彼自身の特色によって述べるのが最も良い。説明書は『新刊秘伝抄』が三原物の「面ぶり備中太刀に似たり」とするのを引き、彼の作の一部が一見隣国の青江物に似ることを認めながら、「鎬高の造り込みや地に現われた白け映り、また刃中の二重刃・喰違刃等に一派の特色を見出し得る」として、鎬高の造込み・地の白け映り・刃中の二重刃や喰違刃に一派の特色を見出し、これを三原物と決する。二重刃そのものは個性というより一派の習いであり、記録は正信に他にも二重刃を示した作例があり、同派の正家や正広にも同手のものが存することを指摘する。彼の作を賞する同じ文は、その個性については率直で、「地刃に同工の特色と云うよりも同派の特色が濃く」、地刃に同工の個性よりも同派の特色が濃いとする。ゆえに彼はまず古三原の工として、次いで正信として判ぜられる。
正信は収集家の獲物というよりは鑑識家の名であり、その記録はその規模について率直である。刀工大鑑はこれを中位の数に評し、公の記録に載る彼の刀身は四口を数え、そのいずれもが重要刀剣の位である。国宝も重要文化財も特別重要も無い。残る作は第一級の伝来を帯びる。明徳五年の太刀は加賀百万石の前田家に伝わり、江戸中期の黒臘色塗の打刀拵を今に附属し、小太刀は彦根藩主井伊家に伝来して、説明書はこれを「現存稀な古三原正信の在銘作として資料的にも貴重である」とする。この位の指定刀はその多くが伝えられて市場に出ず、現存僅少の在銘年紀の正信が市に現れることは極めて稀である。磨上・折返銘の作はその見出しやすい面であり、時折一口が現れて、古刀諸派を学ぶ忍耐強い者に、備後の大和の影響を受けた手の、健全で典型的な一例を、すなわち丁寧な鑑定を築くに足る確かな一口を供する。