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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 三原
  3. 古三原
  4. 正家

Ko-Mihara Masaie

正家

特重
巻 16, 番 42 · 刀

Ko-Mihara Masaie

正家

評価作品30点

国備後時代Nanbokucho (Bunna-Oan, 1353–1375)時代区分南北朝流派三原>古三原伝法大和伝代2nd師匠Sukekuni藤代Jo-jo saku刀工大鑑800(上位14%)種別刀工コードMAS241
5重要美術品
1御物
3特別重要刀剣21重要刀剣

概要

備後国三原の正家は、正広と並んで古三原を代表する二工の一人である。古三原とは、鎌倉時代末期より南北朝期にかけて三原の地に栄えた刀工群を、説明書が総称する名であり、所伝では正家を同派の祖、正広をその子とする。説明書はこの所伝に作刀の上から注釈を加える。すなわち在銘の正広の方が古調であり、名は一代の手ではない。本間は「正家、正広ともに一代限りではない」と記し、文和より延文に及ぶ南北朝中期の年紀作を、代を分けず一名のもとにまとめている。現存最長の作は一メートルを超える生ぶの大太刀で、靖國神社の所蔵、磨上げられぬ茎の上部に二字銘「正家」のみを切る。

説明書が彼に与える作風は、備後の地鉄にあらわれた大和気質である。流れて肌立つ板目の上に、刃文は締まって静かな中直刃を焼き、小互の目・小乱れごころ・小のたれを交え、小足・葉が入り、刃縁は細かにほつれて喰違刃・二重刃風がかかる。一派を大和本国から分かつものを、説明書は率直に記す。「大和本国のものに比べては、地刃の沸が弱い」のであり、かねは白け、匂口は締まり、帽子は穏やかに返る。この抑えた地に対し、説明書は正家を正広から姿の大きさで分ける。「一般に、正広の作品には中鋒の尋常なものが多いのに対し、正家には豪壮な大鋒の作例が多い」という。大鋒こそ彼の見どころであり、幅広く大きな鋒に結ぶ姿が、正家へと読む第一の手がかりとなる。

鍛えは板目が刃寄りに流れ、総じて肌立ち、杢が一際目立って交じり、刃寄りは時に柾がかる。地沸細かにつき、地景が入る。地の決め手は淡い白け映りで、現存の半ばを越える作に立ち、ことに大磨上無銘の作で際立ち、その下の地鉄は時に黒みがかってかな色を帯びる。帽子は直ぐに穏やかな小丸へ返り、しばしば掃きかけて長く返り、焼詰めとなるのは稀な一口のみである。優品では刃文は沈むにとどまらない。特別重要刀剣の刀について、説明書は「匂口が明るく冴えている点が特筆される」とし、白けた地の上に直刃が冴えて立つ。

作域は一作風の二つの面に分かれる。一方は在銘・生ぶの作、太刀・大太刀・薙刀直しで、細鏨の長銘「備州住正家作」「備後国住右衛門尉正家作」を切り、稀なものには文和・貞治・延文の年紀がある。説明書はこの年紀作を尊ぶ。大和鍛冶の気質ゆえに三原の在銘作は少なく、「在銘作は少なく、且つ本作の如く年紀を有することも珍しい」のであり、現存の年紀作は一派を知る上で貴重な歴史資料となる。他方には大磨上無銘の刀があり、後世の鑑識によって正家へ極められ、数口は金象嵌で定まる。うち一口は本阿弥光徳の金象嵌銘を負い、その鑑識は江戸期の押形集に記される。傍らに繰り返しあらわれる第二の顔は隣国備中に寄る。黒みがかる地鉄に乱れ映りの立つ冴えた中直刃を焼き、帽子は尖って深く返り、「一見すると青江に紛れる」。説明書は一派への二つの引力を挙げる。荘園を介して運ばれた大和の作風と、隣国備中の青江風である。

青江の似通いを覆して作を三原へ引き戻すのは、説明書が細かに挙げる大和気質である。鎬高く鎬幅広い造込み、地に一際目立って流れる杢、刃縁のほつれ・喰違刃がそれである。冴えた大磨上の特別重要刀剣の刀について、説明書は「ここに古三原の見どころが表示されている」とし、続いて一派の中で極めを絞る。「同派の中でも地刃の出来が優れ、且つ大鋒の形状から、特に絞って正家と鑑するのが妥当である」という。優れた地刃と大鋒の二点が、古三原の極めを正家その人へ絞る根拠であり、中鋒の尋常な姿は正広を語る。一派の流れは古三原から三原・貝三原を経て室町時代末期の末三原に及び、正家の名は再び備後に切られる。

正家は藤代の極めで上々作である。その名を負う指定の重みは国宝・重要文化財にはなく、相当の特別重要・重要の指定にある。特別重要刀剣三口、重要刀剣二十一口、両者で二十四口を数え、その下に戦前認定の重要美術品が数口ある。最長の大太刀、一メートルを超えて生ぶに伝わるものに、説明書は最も高い評を与える。これほどの長寸でありながら「鍛えに些かも緩みがなく、鍛錬技量の高さが窺え」るとし、同工の傑出の出来口と呼ぶ。その作に録された来歴は国を担った家を連ね、徳川家・伊達家・島津家、皇室の名がある。所在の知られるもののうち二口が公的機関の所蔵で、靖國神社の大太刀と徳川美術館蔵の一口である。彼の作には国宝・重要文化財の級に封ぜられたものがなく、鎌倉の大名跡のように全く手の届かぬものではない。しかし在銘・無銘いずれの指定作も多くは所持されて取引されることなく、ことに少い在銘の年紀作は、備後物を求める者が出会いうる最も稀なものの一つであり、時に、辛抱をもってのみ現れる。

鑑定

典型=大和気質の中直刃出来一作風を、在銘・生ぶの太刀・大太刀・薙刀直しと、大磨上無銘の極めの刀との二つの作域で展開する。全体は白けた地・締まる匂口・穏やかに丸く返る帽子で大和本国と分かれる。傍らに繰り返しあらわれる青江風の顔が立ち、黒みがかる地鉄に乱れ映りが立ち、尖って深く返る帽子を見せ、説明はこれを三原極めの内なる備中の隣国気質と読む。正広に対する正家の見どころは姿の豪壮さ、大鋒にある

正家は正広と並んで、鎌倉時代末期より南北朝期にかけての備後三原派、いわゆる古三原を代表する刀工であり、所伝では同派の祖とされる。説明はこの所伝に注釈を加える。作刀の上からは在銘の正広の方が古調であり、両名ともに一代限りではないため、本コードは文和・貞治・延文の年紀作を一手にまとめて代を分けない。正家在銘作は少く、年紀を有するものは更に稀で、現存する長銘と三原の年紀は貴重な歴史資料となる。備後国には畿内中央の社寺の荘園が多く、その作風は備後の地鉄に大和気質をあらわしたもので、流れごころに肌立つ板目に杢を交え、中直刃を焼く。ただし大和本国のものに比べては地刃の沸が弱く、匂口は締まりごころで、地には白け映りが立ち、帽子は焼詰めとならず穏やかに丸く返る。正広との分かれ目は姿の豪壮さにあり、正広に中鋒の尋常な作が多いのに対し、正家には大鋒の幅広太刀・大磨上の刀が多い。銘は「備州住正家作」あるいは「備後国三原正家」と切る。

鑑定の決め手

手掻包永にはない特徴

逆方向の分かれ目。大和を定義する焼詰め帽子は三十二口中二口(六%)に過ぎず、手掻包永の三八%・尻懸則長の二四%と対照する。帽子は小丸に返り(五三%)、しばしば掃きかけ、穏やかに丸く返る点を説明自身が一派の特色に挙げる

作品の25% ・ 古三原正広比 2.5倍

流れて、しかし柾に徹しない鍛え。流れ肌は現存三十二口の三四%に対し、大和本国の二工は〇%で、彼らの流れは端から柾に行く。流れて肌立ち、杢を交えて柾に至らぬ板目は、大和より三原を語る

作風の変遷

典型(備後における大和気質の中直刃出来)

三十二口の主流をなす、鎌倉末期から南北朝期の作域で、年紀作は文和・貞治・延文に集まる。姿は身幅広めの太刀乃至刀で、鎬高く、ことに正家は大鋒に結び、長寸の作は腰反りに踏張りがつき、大磨上の刀は身幅広く元先の幅差が開かない。鍛えは板目が流れて肌立ち、杢が一際目立って交じり、刃寄りは時に柾がかり、地沸細かにつき、地景が入り、現存の半ばを越えて淡い白け映りが立ち、地鉄は時に黒みがかる。刃文は中直刃に小互の目・小乱れ・小のたれを交え、小足・葉が入り、刃縁は細かにほつれ、喰違刃・二重刃風がかかり、金筋・砂流しが働き、匂口は締まりごころ乃至沈みごころに小沸がつくが、優品では明るく冴える。帽子は直ぐに穏やかな小丸へ返り、しばしば掃きかけ、稀に焼詰めとなるのみである。説明はまさにこれらの点で三原極めを定め、沸の弱さ・匂口の締まり・白けた地を大和本国との分かれ目と読み、一派の中では大鋒の造込みと優れた地刃から、古三原の極めを正家その人へ絞る。

姿 Sugata
豪壮
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
大磨上無銘・極めの作域— 三原正家・古三原正家・伝正家に極められた大磨上無銘の刀。金象嵌・金粉銘で定まるものが数口あり、本阿弥光徳の金象嵌銘を負う一口を含む。身幅広く大鋒で、この大鋒と優れた地刃が極めを一派から正家へ絞る根拠となる
在銘・生ぶの作域(太刀・大太刀・薙刀直し)— 在銘の作(生ぶ茎を含む)。一メートル前後・以上の生ぶ完存の大太刀を二口含む。細鏨の「備州住正家作」「備後国住右衛門尉正家作」長銘で、文和・貞治・延文の稀な年紀があり、説明はこの年紀作を貴重な歴史資料とする。稀に二字銘「正家」がある
生ぶ茎

青江風の顔(隣国備中の気質)

確証はやや弱い説明が一見すると青江に紛れると記す作。冴えた中直刃、黒みがかって乱れ映りの立つ地鉄、尖りごころの帽子にその近さがある。説明は備後の荘園の畿内交流と備中の隣国気質を一派への二つの引力として挙げる

説明が切り出す繰り返しの第二の顔。これらの作では中直刃が明るく冴え、地鉄は黒みがかって乱れ映りが立ち、帽子は尖って深く返り、一見すると備中青江に紛れる。説明はこれを三原へ引き戻す決め手を挙げる。鎬高く、地に杢が一際目立って流れ柾を交え、刃縁にほつれ・喰違刃がかかる点はいずれも大和気質で、青江ならば縮緬肌と逆がかる乱れを見せるところである。同じ青江の響きは、古来三原の面ぶりを備中太刀になぞらえる指摘に通じる。これは一派の中の一作風であり、別の代ではないと読まれる。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

鎌倉時代末期より南北朝期にかけての備後三原のものを古三原と総称し、その代表的な刀工が正家と正広である。

正家を祖とし正広に先立つとする所伝に対し、説明は作刀上からは正広の方が時代があがるとする。

本間順治は正家も正広も一代限りではないとし、年紀作は南北朝中期の文和より延文に及ぶとする。

正家在銘作は少く年紀作は更に稀で、これは大和鍛冶の影響による一派の気質に由るとされ、現存する年紀作は一派を知る上で貴重な歴史資料である。

作風は荘園を介した大和気質であるが、大和本国に比べては地刃の沸が弱く、鍛えに杢が目立って肌立ち、かねが白け、匂口は締まり、帽子は穏やかに丸く返る。第二の顔は備中青江に寄る。

豪壮な大鋒が正家を中鋒の尋常な正広から分け、説明はこの鋒と優れた地刃を以て古三原極めを正家へ絞る。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品5
御物1
特別重要刀剣3
重要刀剣21

名工ランク

0.46 (指定作品30点)

刀工の上位6%

伝来

伝来記録9件 の鑑定作品における Masaie

伝来ランク

名家所蔵5点、伝来記録9件

刀工の上位14%

素点:2.26 / 10

刀姿

評価作品30点の分布

銘

評価作品30点の銘の種類

販売中

系譜

師匠Sukekuni
Masaie
弟子(3名)
  1. 1.正廣Masahiro1 販売中37指定
  2. 2.法華一乗Hokke Ichijo4指定
  3. 3.正信Masanobu2 販売中4指定

Ko-Mihara派

Ko-Mihara派の他の刀工

  1. 1.正廣Masahiro1 販売中37指定
  2. 2.助國Sukekuni2 販売中23指定
  3. 3.兼安Kaneyasu12指定
  4. 4.正信Masanobu2 販売中4指定
  5. 5.正宗Masamune1指定
  6. 6.政清Masakiyo1指定
  7. 7.共重Tomoshige1指定