刀工 DEW034 は、和田大進一真政(わだだいしんかずまさ)と鑑せられる。文化十一年に京都に生まれ、初めは後藤系の仕入彫師である藤木久兵衛のもとで政隆と名乗り修業した。後に刀剣商沢屋忠兵衛の斡旋により後藤一乗の門に入り、「一」の字を許され一真と改めた。月琴堂・眉山・天然花などの号を用い、小進・大進・朝臣などを冠称した作も多く見られる。医学の心得があり、敬神家で、和歌と月琴を好む風流の士でもあったと伝えられる。明治十五年十二月、六十九歳で歿している。
作風は、師である後藤一乗の作風を継承しつつ、独自の工夫を凝らしている点が特徴である。小柄においては、向かい合った雌雄の丸龍を金紋にて配し、目貫も同形の丸龍を金無垢地で容彫にて組み合わせ二所物に仕立てるなど、意匠に優れる。丸龍の姿形は師一乗の作風を継承するものの、額の八文字など微細な箇所に工夫を凝らして独自色を試みている。地板の赤銅魚子も整然と蒔かれており、丁寧な仕事ぶりが窺える。
和田一真政の作は、師である後藤一乗の作風を基盤としつつも、独自の意匠や細部の工夫が見られる点が評価される。丸龍図二所物においては、「和田一真政龍の制作熱意が発揮された傑作」と評されている。刀装具の世界において、後藤一乗の正統な後継者の一人として位置づけられ、その作品は資料的価値も高い。